日記の部屋1957(08)/Diary1957(08)

 

(1957/7/1〜1957/7/31)

(2001/10/20掲載)



 

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年月日 曜日 日記本文
1957.7.1 Monday 1957.7.1
かげろう

透き通った水色の羽をして
私の窓辺に訪ねてきたおまえは
はかなきものの代表の如く
憐れまれている

お前のその短い一生の貴重な時間を割いて
よく私を訪ねてきてくれた
私も私の貴重な時間を割いて
お前に歓迎のことばを贈ろう

今日と同じような雨の夜に
訪ねてくれたかげろうは
お前の曾じいさんかい。
お前のように水色の羽をしていたよ。

耳を澄ますと雨の音はきれいだね
お前の一生は暗夜の中でついゆるかもしれない
しかしお聞き
この天然の調べを

お前の生命は
この雨が止むときすでになかろう、しかし
お前のたましいには
この楽しみがいつまでも残っていよう

お前の巡り合わせは
雨夜を愛でることができた
私の運命は
お前と語り合えるのだ
1957.7.2 Tuesday 1957.7.2
明日より四日間期末考査

あなたはもう私の手紙をお読みになったはずです。今までの書きぶりとちょっと変わっているとお思いでしょう。そうです、随分変わっているはずです、あなたの手紙と同じように。
あなたは私の申し入れをどうとられてでしょうか。賛成してもらえたら、と思います。
しかし、あなたにとって私がなくとも心の底と底をぶち開けて話し合える人はいらっしゃるはずですから、私の申し入れなんぞはねつけるのは容易でしょう。しかし、私にとってあなたは唯一の今からそうあって欲しい人なのです。
もちろん、私生活を洗いざらいにするというような馬鹿げたことをやろうと思いません。お互いがお互いをよりよく知るため、それは一般的な人間性理解にも通じるものとなると思います。それに私にとって何よりはあなたそのものの存在が貴重なのです。
1957.7.3 Wednesday 1957.7.3 雨
まったくうっとうしい雨。私の頭の重いことと言ったら。不愉快で重くないときは、脳みそが重く感じられる。
 
二人は恋人同士であった。女は男に全部調子を合わせようとしたから、彼女の選択が彼のと的中することばかりに気をもんだ。あいにく外れていることもあったが、彼女は急に考え深そうに頭を傾けて「思い返してみると私もそっちのほうがいいわ」と訂正した。二人は恋人でなくなった。
1957.7.4 Thursday 1957.7.4 雨
世の中には自分では許して、世間が許さないというだけでことをなすのを思いとどまっている人がいかに多いことだろう。たとえ良いことであっても。

彼女には、誠実な、熱狂的な夫がいて愛を夜な夜な惜しみなく与えた。彼女は十分だった。しかし、満足するには彼女の心はあまりにあらゆるものにふらついていた。
一人の男が彼女のそばに近づいてきた。男は彼の麗しい恋人---もちろん彼女より美人だった---を紹介した。彼女には今や二人の仲を裂くことがすべてで、最も重要に思われた。彼女はその美人から彼を引き離しておくために彼とベッドをともにするのが度々だった。彼は恋人と結婚した。彼女はなお関係を続けた。しかも彼女の夫はなおも彼女に誠実であった。私の知りたいのは彼女の心の中である。何を思い何を感じているのかということである。
1957.7.5 Friday 1957.7.5
(私のマンネリズム。このリズムは私の周りをぐるぐる廻っていて私は嫌でしかたがない。思索の新転回を期待する。その転回するレコードのリズムは少しは楽しかろう。)

彼の”うたまくら”は”他人の感情を害しないようにせよ”であった。彼は教員だった。それでそのうたまくらは大変彼には貴重なものであった。それを言うことはまことに彼が品性高く、考え深く生徒に見え、そして生徒を静まらせるに十分かのように見えた。
彼はもちろん感情を害しないように細心の注意を持って行動した。彼は歩くときは足の内側を前に向けてがにまたで歩くことに心がけた。まさに麗しき行動であった。
彼は若きレディつまり女性とを見るといつもにこやかにほほえみかけることを忘れなかった---もちろんあいにくなことに女生徒にはにやにやしているようにしか見えなかったが---し、すすんで女生徒の手を取り足をとって助けてやることも忘れなかった。
そして男生徒には、他人の感情を害しないように、とくり返し言って、「お前らがあんな行動をとると昔なら当然ぶん殴られていたところだぞ」ときわめて穏やかな他人の感情をすこしも害しない注意もすることができた。
私は彼を紳士と思った。それがあいにくなことに彼が生徒に”色魔”とあだ名を奉られ、一番嫌がられていることが私には了解できなかった。
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1957.7.6 Saturday 1957.7.6  期末考査終わる

◆他人のすることをいつも傍観者的に見て馬鹿らしがってばかりいる人がいる。だからといって彼らが馬鹿らしくないことばかりやっているわけではない。彼らは普通の人より一つだけ多く馬鹿らしいことをやっているにすぎないのだ。他人のすることを馬鹿らしがる馬鹿らしさを一つ多くである。

◆人は見くびっている相手からしばしば見くびられている。どちらもただ一つの自分の優れた面を人のすべてだと考え、人を測る尺度に使っているからだ。

◆うぬぼれるなと言われる。しかし、もしもすべての人からうぬぼれをなくしたら、文化の発達は停止しよう。自分の才能を卑下する言葉の中にこそうぬぼれは多く見いだされ、その卑下した人々によって文化は発達してきているのだから。

◆私はうまくすると後六十年も生きられるかもしれない。しかし、悪くすると後一時間後といえどもおぼつかない。時はまるで太平洋ぐらいもある大洋の水を落差エベレスト山ぐらいにして直径1メートルの中から噴出させるようなものである。決して流れると言ったようなものでない。しかも時は流れはしないのだ。過去の世界に誰がナイル川のような川が流れているのを見ることができよう。過去は厚さのない現在の向く方向に垂直に立っている平面にすぎない。そして未来は存在しない。誰が未来の中に一歩踏み込むことができよう。我々が所有するすべての時間がこの一瞬の現在なのである。少なくとも私の一生は私の肉体が滅びるまでは続くであろう。しかし私が死ぬとき、私の持つ時間はその時の現在の一瞬に過ぎない。
1957.7.7 Sunday 1957.7.7
◆計画のある月、それは完全に君のものだ。
計画のない月、それは完全に君のものだ。
君よ、君はあまりにはっきりした二面性を持っている。君は常に君の一日を支配できる。私は君が不満足げに床にはいるのを見たことがない。私は君がうらやましい。
◆すべてのことを納得しようとしてはいけない。一つのことでも完全に納得してしまうには、人生が短すぎるくらい時間を要しようから。しかし、一つのことだけは納得しつくそうと努めなければならない。
◆人の一日の言語生活がただ駄洒落と激した罵声の連続で終わってしまうのは情けない。一日がそうであれば一生もそうだ。一生駄洒落を言って過ごすくらい馬鹿らしいことはない。私はあらゆる小説あらゆる戯曲の一くさりにとれるような会話を交わした経験が一度もない。言葉の崇高な働きをすべて取り除いた言葉を使って、私達は一日一日を過ごしている。胸が痛むことだ。
1957.7.8 Monday 1957.7.8
私はすべてを決定するとき私の心の判決に頼ってはいけない。彼を判決者として不適任者と認める。
私はただ頼るべきものに利己的な理性しか持たない。私の心では自利的でないのみならず、他利的でもないことばかりしでかすのだ。
1957.7.9 Tuesday 1957.7.9
人は非常に驚くべきことを見たときでも周りの人々の中に自分だけ驚いた顔だけしか見いだしかねる情勢のもとでは決して驚かないし、それを知らず驚いて、ばつの悪い顔をするのが常だ。
しかし、女性がまさに泣くべき場合で先を争って泣き、それを笑うことによって自分だけより高等に見えるだろうと考えたとき争って歯を見せるのは、人らしからぬ行動である、のだろうか。いや彼女らも人らしき女である。
どちらも同じ人間が同じ考えを表面では別々に演じ分けているのにすぎない。
1957.7.10 Wednesday 1957.7.10
私は油がのるのが遅いたちだ。だから勉強のし始めはいつも気があっちこっちにも分散して、すぐ勉強をおっぽり出してしまう。
乗ってしまうと一つのことばかりでもどれだけでも続けていける。だから私は勉強を始めてはいけない。すぐさま勉強の中に飛び込んでいかなくては。
1957.7.11 Thursday 1957.7.11
映画「南極大陸」。
体の中を風が吹く。いい映画を見たので感想を書きたいがあいにく時間がない。明日でも書こう。
1957.7.12 Friday 1957.7.12
人生は常に絶頂にはありえない。しかし、絶頂をより長く続けたいのが人の望みである。
もし長続きする絶頂を欲するなら、老後を絶頂に持って行くべく今努めることである。
1957.7.13 Saturday

1957.7.13

私の計画は計画そのものは少しも欠陥はない。計画が実行不可能と言わしめるものは、私自身の欠陥でしかない。

1957.7.14 Sunday 1957.7.14
私は意気地なしでないことをあらゆるものに示したい。今こそ私は意地を出し、むげなる意地っ張りにならねばならぬ。人のことを気にすることなかれ。である。意地を張れ意地を張れ。
私が真に意地っ張りになったとき、その意地っ張りの唇から思わず会心の微笑がもれよう。
意地を張れ意地を張れ。
1957.7.15 Monday 1957.7.15
◆中島光恵さんから第四信。
◆蛍雪時代、ユースコンパニオン八月号。
◆模試進行中
1957.7.16 Tuesday 1957.7.16
自分の思っているようなことをすっぽり同じように述べている文章に出会ったときほど嬉しいことはない。まさしく今年の一月三日の社説がそれだ。
1957.7.17 Wednesday 1957.7.17
現在の自然で最も繁栄している節足動物に見舞われてなかなか私の電灯の下は賑やか。それに私の体の至る所かゆくってしかたがないようにしてくれる親切ものぞろい。蚊取り線香に参るのはどうも哺乳動物の霊長類の方が速いらしい。
1957.7.18 Thursday 1957.7.18
忠告が効力を発揮するのは忠告通りに用いられるときではない。その場に適応させて用いられるときこそ最も効果がある。
「若い娘が君をじっと見つめて、話しかけてくることがあったらおしのふりをしなさい」という忠告は彼が若い娘をじっと見つめて話しかけることによって、最も効果的に用いられることは明らかである。
1957.7.19 Friday 1957.7.19
ああ!やっと夏休み。夏休みこそは、と抱負で一杯。あんまり課外があるのでがっかりする。夏休みの半分が学校に出ねばならぬ日とは・・・。
何はともあれ、受験の天王山。しっかり頑張って行かなくてはならぬことは言うもさらなりなのだ。
1957.7.20 Saturday 1957.7.20
夏。暑。猛暑。汗。だるい。涼風。扇。太陽。水銀柱。上昇。入道雲。雷。避雷針。フランクリン。たこ。熟緑。
1957.7.21 Sunday 1957.7.21
◆独善的禁止抑圧は、実行の助長である。
◆常に美しく生きることがほとんど不可能であるからと言って常に汚らしく生きることがいつも可能ではない。しかし、努力次第でどちらにも恒常的になれることは嬉しい目標である。
1957.7.22 Monday 1957.7.22 ものすごい雨がしばらく降った。

無理をしないこと。これは大切なことだ。いつも本来の本然たる自分であること。
高校一年の時、図画の時間に石膏で葉型をとったときのことである。
先生が「これは何かに似ているね。何というのだったかな・・・・えーえ」
するとKは、しばらくして”ホットケーキ”と言った。するとF嬢---私は彼女がこんなことを言うと最も期待していなかったんだが---「”かっぱ焼き”って言うね」と言った。
私は一瞬心が軽くなったのを感じた。私もその葉の上に載せられた石膏の平たい丸い格好からそのかっぱ焼きを思い出すべくかけずり回ったのだが、Kのホットケーキで安心してそれで済んだと思った。
もし、私がかっぱ焼きを思い出したとしたら私はすぐにそれを言っただろうか。日常の私にとって恥ずべき述語でないはずのものを、もし私がホットケーキで上品に片づけようとしていたのなら、私は多分に無理をしていたことになる。
常に”かっぱ焼き”と言える人間、それが望ましいと思う。
1957.7.23 Tuesday 1957.7.23
現実と幻想の世界とは思ったほど離れていない。私は現実を幻想と感じ、幻想を現実と見た。
1957.7.24 Wednesday 1957.7.24
私が完了した今日も二十四時間あった。
1957.7.25 Thursday 1957.7.25
停電。雷で送電装置が悪くなったものらしい。ロマンティックにもロウソクのもとで日記を書いている。
つくづく思う電気の恩というところ。外は相変わらず、雷光とすさまじい雷の音。雨は一時もその強さを変えずまるで空間を作るのがもったいないかのように地上に打ち付けてくる。今日は久しぶりに早く床に就く。中島光恵さんには早く、手紙を出したいがなかなか出せない。
1957.7.26 Friday 1957.7.26  一日中停電
私がロマンティックな雰囲気の中で日記を書いていた頃、まさに生死の境をさまよい歩いていた日とが何と多く何と卑近にいたことだろう。私が昨日悩んだ最大のものと言えばただ雷の音がうるさくて良く眠れないということだけだったのに、その悩みが死であった人が実に多くいたのだ。
電気がすべて外部との通信を阻んで停まっているが、トランジスター・ラジオで聞いた人に寄れば、諫早では1500もの人命が奪われたという。
外を歩いてみて驚いた。道---それさえも道と言うにはお粗末であったんだが---という道すべて道にあらざる道になってしまっているのだ。よくって二枚ぐらい下のざらざらした岩のかたまった部分が出ているほどだから悪いのになると、それはものすごい。一歩一歩踏みしめて歩かねばならぬのはすべてで、おまけに急流のごとく雨水が至る所に流れ、土を削り、土砂を運んでいる。
森岳城も水がたかくまで入ってその中の畑や人家は使いようがない。二階の高さまで水の中である。
昨日の夕刻から本格的に降り出してわずか一晩のうちにやわらかい土を全部運んでしまったようで、道がなくなったり、橋が壊れたり、道の真ん中に四メートル直径の穴さえ開いている。浸水家屋はざら、今もってまだ雨は止まない。
家も幾つ流れたろう。近くにも数十人の犠牲者が出ているらしい。まったく神武以来の大災害を我々は被った。特にこの島原地方ではそういった感じで、人々が完全に水害に対する対処方法を知らぬようだ。
一日も早く陽光の日が来て災害復旧に努めねばならないが、はたしてどれほど島原がうまい復旧をやれるかは注目に値する。
まったく、こんなことを言っておられる私は幸せである。”それどころではない”というのが、今の島原の空気である。
死者の冥福を祈ろう。
1957.7.27 Saturday 1957.7.27
◆自分自身を全然制しできない統帥神経を私は持っている。まさしく私くらいこの点で独特なる人種は世界広しといえどもいるまい。あまりの複重人格者なのだ。私は性格の破綻から気違いになりたくない・私のなりたい気違いは一事に猛進できる気違いである。一刻も早く私はその気違いになりたい。
1957.7.28 Sunday 1957.7.28
◆人は環境の変化とともにその望みを変える。水害地の人々の切実な望みは美味い”水”を飲むことなのだ。
しかしながら、人は自分自身の変化に対してはその望みを一通りには変えない。
昨日までの秀才は東大志望を容易に変えないし、今日の成功者は明日の日本一のお金持ちになることを望みとする。
◆今日もまた外は雨。すでにこの雨は莫大な被害を各地に与えている。死者が500人を越えている。島原でも11人死んだ。
人、雨に抗せず。雨、人に構せず。
1957.7.29 Monday 1957.7.29
中島光恵さんに第五信

米軍の大型ヘリコプター、いわゆる”空飛ぶバナナ”が島原の上空低く旋回する。爆音の甚だしさが、そのまま、水害復旧に乗り出した人々の逞しさを思わせる。一日も早く復旧以上の状態に帰りたいものだ。
諫早の水害にしろ、島原の水害にしろ、人力では制しきれまい。百年に一遍の大水害だと聞く。運悪く百年目が今年であったため、永遠に帰らぬ生命が千近く失われた。いつ何時、百年目がやって来ないとも限らない。常にご用心ご用心。
1957.7.30 Tuesday 1957.7.30
手元に何とすばらしき本があるではないか。ラムのシェイクスピア物語だ。
私は絶えず本を買いたがる。あれもこれもと漁り歩く。そして大いに時間をつぶす。まるで、自分の才能を人にくれてしまうのと同じ事なのだ。
まず、手元にあるものから、漁り散らす浪費の時間で、征服していくことが大切なのだ。欲しいと思えば何でも欲しい。しかし力をつけようと思って欲しいものを欲しいままに買ったところで得なはずはない。
時の浪費を、手元の本に大いに向けて力をつけるのだ。
1957.7.30 Tuesday 1957.7.31
七月もいよいよこれで終わり。新しき八月を迎える。この八月は普通の八月と八月が違う。私が死力を尽くすべき八月なのだ。
私の三悪追放をやって、すべからく邁進すべきだ。
   怠惰。暴食。不潔。
すべて私の精神力に県警があることばかりだ。これらのものを満足させることが、いかほどか人生に意義があろう。意義のないものに人生を奪われる弊をやりたくない。さあ、鬼となって、新しき月に新しき一歩を踏み込もう。流れる汗がいかに多くとも、私は、偉大なる目標のために流していることを寸時も忘れてはいけない。

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