日記の部屋1957(09)/Diary1957(09)

 

(1957/8/1〜1957/8/15)

(2001/10/21掲載)



 

日記の部屋1956indexへ

1956(01)へ 1956(02)へ 1956(03)へ 1956(04)へ 1956(05)へ 1956(06)へ
1956(07)へ 1956(08)へ 1956(09)へ 1957(01)へ 1957(02)へ 1957(03)へ
1957(04)へ 1957(05)へ 1957(06)へ 1957(07)へ 1957(08)へ 1957(10)へ

 
日付index
1957/4/12 1957/4/22 1957/4/23 1957/4/24 1957/4/25 1957/4/26 1957/4/27
1957/4/28 1957/4/29 1957/4/30 1957/5/1 1957/5/2 1957/5/4 1957/5/5
1957/5/6 1957/5/7 1957/5/8 1957/5/9 1957/5/10 1957/5/11 1957/5/12
1957/5/13 1957/5/14 1957/5/15 1957/5/16 1957/5/17 1957/5/19 1957/5/20
1957/5/21 1957/5/22 1957/5/25 1957/5/26 1957/5/27 1957/5/28 1957/5/29
1957/5/30 1957/5/31 1957/6/1 1957/6/2 1957/6/4 1957/6/5 1957/6/7
1957/6/8 1957/6/9 1957/6/10 1957/6/11 1957/6/12 1957/6/13 1957/6/14
1957/6/15 1957/6/16 1957/6/17 1957/6/18 1957/6/19 1957/6/20 1957/6/21
1957/6/22 1957/6/23 1957/6/24 1957/6/25 1957/6/26 1957/6/27 1957/6/28
1957/6/30 1957/7/1
1957年7月 1957/7/1 1957/7/2 1957/7/3 1957/7/4 1957/7/5 1957/7/6
1957/7/7 1957/7/8 1957/7/9 1957/7/10 1957/7/11 1957/7/12 1957/7/13
1957/7/14 1957/7/15 1957/7/16 1957/7/17 1957/7/18 1957/7/19 1957/7/20
1957/7/21 1957/7/22 1957/7/23 1957/7/24 1957/7/25 1957/7/26 1957/7/27
1957/7/28 1957/729/ 1957/7/30 1957/7/31 1957/8/2    
1957年8月 1957/8/2 1957/8/3 1957/8/4 1957/8/5 1957/8/6 1957/8/7
1957/8/8 1957/8/9 1957/8/10 1957/8/11 1957/8/12 1957/8/13 1957/8/14
1987/8/15 1957/8/16 1957/8/17 1957/8/18 1957/8/19 1957/8/20 1957/8/21
1957/8/22 1957/8/23 1957/8/24 1957/8/25 1957/8/26 1957/8/27 1957/8/28
1957/8/29 1957/8/30 1957/8/31 1957/9/1 1957/9/2 1957/9/3  
1957年9月 1957/9/1 1957/9/2 1957/9/3 1957/9/4 1957/9/5 1957/9/6
1957/9/8 1957/9/9 1957/9/10 1957/9/11 1957/9/12 1957/9/13 1957/9/14
1987/9/15 1957/9/16 1957/9/17 1957/9/18 1957/9/19 1957/9/20 1957/9/21
1957/9/22 1957/9/23 1957/9/24 1957/9/25 1957/9/26 1957/9/27 1957/9/28
1957/9/29 1957/9/30 1957/10/1 1957/10/3 1957/10/4 1957/10/5  

 

 

年月日 曜日 日記本文
1957.8.2 Friday

1957.8.2

◆私達は根本に帰って、世界が、男と女とで出来上がっていることに留意せねばならない。
◆女は夫と結婚するとともに子供と結婚せねばならない。
◆幼き私は、まさしく良き父親であった。年の蓄積はただ私を大人にする。

1957.8.3 Saturday

1957.8.3

花々は一年に一回咲く。果実は一年に一回実る。そしてつばめは一年に一回我々を訪れる。我々は一年に一回ずつ、それらを楽しむことができる。一年に一回ずつ・・・
私は後何回花を、果実を、つばめを楽しむことができよう。
それが五十回であったとしても五十という数がいかに少ない数であるかを知っている。

1957.8.4 Sunday 1957.8.4  雨
私は他人思いでないから、自分思いであればよいんだが・・・。私は今も下痢をしている。そして昨日もそうだった。
今日は朝から断食した。昼にはご飯一杯梅干し三粒、そうめん一杯ですませた。晩にはオムレツに見向きもしないで、たこの酢の物をしゃぶった。これがしゃぶり過ぎだった。それでコップに三杯半のお茶と水を飲んだ。考えがないと言えば、酸っぱいものをそれほどしゃぶれば喉が渇くことくらいわかることだろうし、丈夫な腹でも夏時なら三杯半もの水分を夜になって摂ることが、腹のコンディションにとって致命的なものであることくらいすぐにも考えられようものを。
とにかく私は下痢に悩んでいる。せめて自分思いであって欲しいと切望して、筆(ただし万年筆)をおく。
1957.8.5 Monday 1957.8.5
人と人とにおいて、ある人が他の人に尽くしただけの報酬を得られると考えるのは大間違いである。
少なくとも犠牲的精神は重宝がられ、やはり依然として犠牲である。
もし必ず報酬がもたらされるとすると、失恋というものは大方なくなろう。
報酬がないとか少ないとか言って泣いたりわめいたりされたんでは、尽くされたものが馬鹿らしかったときは一層、大迷惑である。
1957.8.6 Tuesday 1957.8.6
人には時々馬鹿げたことをやらかす性質がある。熟考を重ねた結果、出た態度が、まさしくそれだったりする。あらゆる場合を考え、善し悪しの判断を大方つけていきながら、ちょっとした精神の混迷の隙間に”やっちまえ”という気持ちが出て、それがまさしく大悪手として現れ出るのである。
1957.8.7 Wednesday 1957.8.7
人は自分の存在を、どういった具象物に表すことができるのだろう。
人は存在していながら、あまりにも存在していない。一日一日をただ他人の目の中でのみ、像を---肉体の像を----形作って、過ごしていく。
人々にとって肉体の消滅は、存在の消滅である場合が多い。対人関係が存在と存在の間の関係であることが、非常に少ない。
自分自身をいかに表しうるかと言うことを知らないし、知ろうと努めない。そしてそれに輪をかけたように他人について無知である。
よしんば存在を知る目的に見つけ得たとしても、ただため息ですべての知る努力を回避する。
私はいかなる存在か。いかなる存在の場を占めて生きつつあるか。私には手に負えない問題であるが、これらは私の肉体の存在内における問題でなければならぬ。
1957.8.8 Thursday 1957.8.8 立秋
◆私は最小の時しか持たぬ私に常に対しておかねばならない。ただこの日記を書くとき、そう感じても遅いのである。
1957.8.9 Friday 1957.8.9 粟津直明来宅

日は経つばかり。夏休みも後わずか二十日だけとなった。
さてと、愚痴を言っても始まるまい。頑張れよ、元気でね。
1957.8.10 Saturday 1957.8.10
我に心改める日なくば、我は亡びゆかん。我に栄え行く日あれば、我は跪かん。
1957.8.11 Sunday 1957.8.11
◆君は死し、我は生きたり、水害の
復旧作業に、心頭熱す

◆初産の、子猫の顔の、愛くるし、
青き瞳の、生きたる光

◆じっと見る、じっと見つめて眼底に
我がまぼろしの 生は見えたり

◆我が胸に さまよいし羊の 水害に
荒れたる道を 今は迷わず

◆噴きいずる 赤き血潮の 輝きぬ
命の光を 誇る如くに

◆じりじりと 焦がせ黒こげ 我が皮膚を
罪に汚れし 我が心臓を

◆友よ、友、 闇に叫んで 答えなし
虫は鳴きたる この秋の野に

◆仮の世の 仮の住まいも 失せ果てて
君はいずこの 先の世にいる
1957.8.12 Monday 1957.8.12
明日からいよいよ盆。まだ雨天的傾向大。私の部屋の南面に茂りすぎた朝顔が曇天に恨めしげ

社会は大きく個人をつかんでいることは確かだ。
私はあくまで現代人でしかあり得ない。ものの考え方から、振る舞いから、食事、服装、生活の方法全般に至るまで。
私は、いかなる努力をしても二十一世紀の文学を書くことは出来ない。もし私が書いた文学形式が、よしんば二十一世紀に栄えたとしても、私の書ける限度は、すでに二十世紀を越えない。
日本の社会で通用する礼儀作法が、もはや西洋人の感覚外の社会の物であって、しばしば、恥をかくことは多い。
西洋にいったん持ち込まれた、ザルソバは、食う者が誰であるかを問わず、音を立てて食われる運命を失って、完全なのである。
我々がやれるいかなる怪奇な犯罪も、現代社会の枠を越えることはできぬ。
1957.8.13 Tuesday 1957.8.13
私に何の楽しい行事の思い出があろう。
私はあまり行事に対して心から嬉しいと言った感情を抱かぬ質らしい。だから私には、夏の門辺に夕闇迫る頃小さな迎え火に、ほとんど楽しい幻想的な思いを、今まで、今頭で考えて幻想的だなと感じるほど感じなかった。
正月の鬼火にしろ、ちょとも積極性を持たなかったし、精霊流しさえ、普通の子供が感じるほど熱烈な、参加---ただ見る参加に対してさえも---欲を感じなかった。
そして、今日失われた少年の日の自分のその姿に、背景的な性格への影響を思って、かき抱きたく思うのだ。
トップへ  
1957.8.14 Wednesday 1957.8.14

Life is passing away, and we are doing nothing.
My heart is ready to break. Efforts brings good results. But, I can not make an effort. Get up,eat,eat and eat,and go to bed. I can not bring myself to work hard as an ant does.
I know there is nothing but effort that can bring throught the entrance examination nect year.
I wish my idleness called down Divine wrath.
1957.8.15 Thursday 1957.8.15
精霊流し

◆映画”Giant"。
ある夫婦の、テキサスの大平原における半生を描いた三時間半の対策。
ジェームス・ディーンの最後の出演映画。ディーンファンの失望を買う。
エリザベス・テイラーのファンでもある私は救われる。彼女の着る数々のすばらしい衣装の出所やいかに。今年の十月に第三子(?)を挙げる世界一の美女は老ゆれども老いぬ容色で、結婚から二十五年の役を演ずる。
テキサスの広大、男の意気、人一人一人の生活態度。膨大な映画の流れのうちにわらゆる巨人がテキサスの燃ゆる魂とも言うべく、ロック・ハドソン演ずる牧場主に具現化されて、大河のごとく、流れゆく。
”パパの心をつかむのに二日かかったわ”という老いたるテーラーの言葉は、わずか三時間前に演じられたことの思い出なのである。
人の一生、人の思い出。一生涯を一人の人に捧げる人の人生。
映画は何かを語りかけてくる。
年月日 曜日 日記本文
1957.8.16 Friday 1957.8.16
さて、私は日記をつける。
静かに、ただ時計の、刻む音とかすかな、”スイッチョ”の音が、する夜一時半である。私の周りは、まるで、ゴミステバのように散らかっている。
しかし、私の周りの空気はまるで、水のように、静かに、冷たく、湿っている。
耳をすませば、更に聞こえてくる音は増す。
海の遠いざわめき、犬の遠吠え。そして夜の、虫の音に合わせた、しんしんとふるえる音。それは虫の音でありながら夜の音のごとく、夜の冴えた音でありながら、虫の近くの声のごとく、わずかな空気の揺れがガラス戸を撫でる音に時たま、途切れながら聞こえてくる。
明日に備えたアサガオのつぼみが、私の部屋の光の中で、緑の葉の中に白く、桃に、見える。
私は夜のこの静寂を、恐れながら愛してきた。夜のあらゆる不純を含む暗黒を、私の夜には忍び込ませないで愛している。
東の、冴えた、黒く、青き、中空に、月がある。ただ一つ、白く、青く、黄色く、湿っぽく、懐かしく、親しく、震えつつ、月は夜の空を、音もなく、渡っていく。
1957.8.17 Saturday 1957.8.17
中島光恵さんから第五信。

百分の人生において、九十九分が不幸であっても、一分の幸福によって、満たされた思いは百分に感じられます。そして、それが瞬間的であれば、あるほど、幸福感は高く、高く、絶頂を険しくします。
人生にとって一事であれ、幸福感を味わうことができることは実に尊いことだと思います。
私にとってはあなたのお手紙を読む一瞬がまさにそうです。あなたの明朗な、きびきびした乱舞を見るような気持ちで、お手紙を拝見します。あなたはさかんに、あらゆるものの中に燃えて乱舞を試みます。そして、私はその美しいあなたの舞いにため息をつきます。私がお手紙するのも、踊るバレリーナにはプリマドンナがいるようにあなたの舞いを見るための単なる補助物にすぎません。
あなたは、更に、狂おしく、更に、力溢れて、私の前で踊ってください。
偶然の現存の二つの生が互いに幸福感を与えあえるということほど、人間にとって、神秘的は、すばらしいものはありません。
そして、この不思議な出来事は、ほとんどの人間に共通に与えられるものとして用意されていながら、少数の人々のものとしかならないのです。”あなたのいる人生”、これが私の人生そのもの、いつわりのない人生の絵巻の一部なのです。


己に克つあたわざる者は一個の奴隷にほかならず。(ハイデー)
1957.8.18 Sunday 1957.8.18
”私は奴隷になりたくない。だから奴隷を使う身にもなりたくない”とリンカーンは言ったのである。
私も奴隷になりたくない。しかし、私はあまりに奴隷である場合が多い。なぜなら常に(といっていいだろう)私は己に負けている。そして、私のある部分が、奴隷を使う身になっているのだ。
私は己に克とうとするけれど、すぐフニャフニャになってしまう。そこが卑しむべき奴隷精神なのだろう。己に克つためにはいったいいかなる方便がとれよう。まず考えられることは、無理を強いられる立場に自分をおかないで無理することだ。私はすぐ無理な計画をたてる。それで、そこに己に負ける場面ができてくる。だから、無理な計画を止めて、自分の内からの力で今度は能動的に無理をしようと言うのである。まず、このことから己に克つ道、奴隷からの解放運動を探っていこう。
1957.8.19 Monday 1957.8.19
台風9号接近

◆取り返しのつかぬ事をしてしまったという悔やみ事を、他人の一生の方向を決定してしまったような事件について感じずにいられないとしたら、人は最早、立っている元気を失ってしまうだろう。
ところで、それが自分、自身の上に実際に現れたらどうであろう。人はまたもや座り込むであろうか。人は幼かった自分に、諦めた表情でほほえみかけるであろうか。
私はこういった経験のエキスパートでない。それで、その気持ちは推し量りかねるが、望むらくは、こういう経験を持たないように努めることが大切なのである。
一度きりの人生、あらゆる経験を積むのもいいかも知れぬが、一度切りだからこそ美しくも生きたいのである。
1957.8.20 Tuesday 1957.8.20
涙ぐみただひたすらに
歩み行く、影こそ寂し
水害に 道なき道を
うなじ垂れ 我を求めて

私の魂を奪ったのは誰
あの日から、私についてくるもう一つの影は何
私の目を虚ろにし、私の胸を空洞にし、
そして、その跡に泥土を詰め込んだのは誰。

疲れ果て、路傍の石に
倒れ寄り ふと見る溝に
気迫ある死人のまなこ
虚ろなる我が目に映る

誰が、土の中のこの気迫ある目を知っていよう。
何が、この死人の光を失わし得よう
誰が、死人のほほえみを、天に差し向けた
寛容の美を、理解できるだろう

私の魂は水害とともに去った。
私の魂は無常に愛されて去った。
目と耳の間に人の死骸を見て、
涙を流して、私をうろつき出た

しかし、私はもう魂を追うまい
私の魂は死に
その死人のまなこは生きたのだ
明日には明日の日が昇る
私は魂を創造するのだ
1957.8.21 Wednesday

1957.8.21

戦、これは相手にとっても此方にとっても勝つためにある。だからあらゆる手段を用いて勝たねばならない。
最初は組み敷かれても良い。それを相手の攻め方、弱点をつかむ機会にすればよい。
しかし、あくまで勝つには勝つだけの力がいる。相手を選ぶのが勝つためには、少なくとも三番目ぐらいに必要だ。
しかし、どうやってみても両方が勝つことはできぬ。だから最初から戦などするなという意見が出る。しかし、人は絶対に戦わねばならない。
人生、これそのものをも、我々は戦いとらねばならぬ。
相手、それは自分以外のすべてである。

年月日 曜日 日記本文
1957.8.22 Thursday 1957.8.22
◆生物の傾向と対策
◆英語単語熟語の総合的研究購入、計395円

私の出足の遅いのは、まず定評もの。後半に追い込みがきけば、何も言うことはないが、ますます不利にしてしまうことばかりが私の持っている才のすべてを使った結果である。私は何も理想的な---もちろん理想的という性格がはっきりしないが---人物になろうとしてはいないから、出足が良くて、いつも真面目で、ガリガリと机の前にばかり座っているような立派な人にはうらやみを感じても、なりたいとは思わない。またどうせなれはしないのだが。
毎日半分を無駄に過ごす、将棋を差さぬ日とてなく、新聞に長きつきあいを求めぬ日とてなく、逆立ち縄跳び・かくれんぼ(こいつはしないが)をせぬ日はないのである。
それに、この日記までつけている。
1957.8.23 Friday 1957.8.23
◆記憶----私はこれに私のすべてをかける。
記憶----私はこれをあらゆる代価を与えてでも獲得したい。
記憶----大脳皮質用の細胞に記憶は存在する。だから、しわよ増えよ、しわよ増えよ。
記憶----どうもこいつは自律的なものらしい。私の言うことを聞かぬ。
記憶----こいつはありながらわからず、わからなくてもあり、ないものはない。
1957.8.24 Saturday 1957.8.24
◇----愛情、それが如何にちっぽけなものであろうとも、それなしには誰の心も生きられるものではない。   ----ジャン・クリストフ 反抗[埋没]
◇勝利・・・。自らそれと知らずに、彼が絶えず燃やし立てられてる、その固定観念---あらゆる労苦、生活の腐爛せる沼沢の中に於いて、彼を支持している、その固定観念。将来如何なるものになるかという、既に如何なるものになっているかという朧ろな而も力強い意識!
◇----中途にして止む、若くして夭折する、そういう恐ろしい心配が、いつも彼を悩まし、彼を圧迫し、彼につきまとっていた。ああ。どうせ死ななければならないものであるとしても、少なくとも今はいやだ、勝利者とならないうちは嫌だ!------ジャン・クリストフ朝[ジャン・ミッシェルの死]
1957.8.25 Sunday 1957.8.25
他人に対する批判、非難、揶揄、等、人はどういう気持ちでするのであろう。他人にいったい何を要望して批判し、嘲笑するのであろう。
多くの場合、そういったことをすることはいらぬことのように思われる。
他人により理想的人間を見いだしたいがためのものであるなら、完全にそういうことをする必要はない。ほとんどの人々が他人からそういうことをされることを嫌がって、その人に対して反感を感じるのが常だから。
感情上にそういったわだかまりを持つことは少なくとも批判家の望む完全無欠の人間より一寸は遠のいていることになる。
1957.8.26 Monday 1957.8.26
この日付を見よ。そして、この私を見よ。
私は夏休みに何をしたか。
私はどれほど進歩したか。
私は夏休みに何を期待して突入したかもわからずに、ただ漠々たる日をむやみと四十近くも寝ころんで、左手で積み重ねてきた。そして両手でその報酬を、四十個のレンガの無様な細工に対する報酬を受け取ろうと八月の終わるのを待っている。
むしろ遊んでいた右手には短刀でもぐさりと突き刺してやった方がいいくらいかも知れぬ。
私はいつも自分自身を嘆く。嘆くばかりが能ではない。嘆くという境地にあまり美しい夢を見て、嘆きに酔っていたのがこの私なのだ。今からでも遅くはない。万事は終わってしまわないうちは遅くはない。明日から、さあ、やろう。
苦々しいことだが、この激励の境地にも私は酔っていないか。
私は私を誉める境地に今度から酔いたい。
1957.8.27 Tuesday 1957.8.27
解析(I)、(II)の傾向と対策(弘子姉)計270円

日本に最初の原子炉の灯がともりだした。今朝、五時二十三分。
八月は日本にとって忘れることのできぬ色々な記念すべき日が生まれてきた。私より若いものばかり。
広島・長崎の原爆投下記念日のある八月にもっぱら平和的な実験などに使われる原子炉が動き出した取り合わせは興味深い。まだきわめて規模は小さいものだが、やがて、十二年前の八月六日に生まれた子供が今では立派に大きくなっているように、私の人生の終局---もし五年以上も後に来るものなら---の時には立派に成長した姿を見ることが出来るようになろう。
とにかく喜ばしいことだ。
1957.8.28 Wednesday 1957.8.28
射幸心、これが悪いというものではない。ただ、射幸心の目的たるものが逆に人間の方を振り回すようにさえならなければ。射幸心のない人間なんて、つまらぬ人間に決まっている。
1957.8.29 Thursday 1957.8.29
Those who rouse our inerest are generally the last people we speak to, for interest seems to set up a kind of special shyness.
1957.8.30 Friday 1957.8.30
時間を浪費することは、後で後悔によって陥らせられる陰鬱な気持ちよりよけいにその時は楽しさを与えるものである。しかし、後悔とともに---あるいは即悔とともに----時間を浪費することはただ陰鬱さが残るだけである。
そして私においてはこの両方が混ざり合っているが、私は両方がうまく釣り合って、余剰の楽しさと残余の陰鬱とが消し合うように努めているために、あまりに時間を浪費するのである。
1957.8.31 Saturday 1957.8.31

ついに、夏休みも終わった。
(駅、恵美子夫人、砂緒子に会う。砂緒子の心理と彼の心理の追究。夕食。一日目の行)

彼は、にやっと不敵に笑って、上り急行雲仙から降りた。最初の一歩をおもむろに不敵に、仕方なく、心の中からこみ上げてくる感情を笑いに漏らしながら、東京に印したのであった。しかもその笑いが彼に肩をすくませた。
彼の周りを無造作に白い夏姿の群れが歩いていく。彼の持つ不安は彼らにはない。時折迎えの人と迎えられた人々の笑い声もする。
「落ち着いて」と自分自身に言いきかせて(落ち着けと言わねばならぬほど彼の心はうわずっているのだ)、重い両手の荷物を下に置いてちょっと背を反らしてみた。全然見知らぬ環境に突然投げ込まれると大概のものはそうだが、いっこうに目の焦点が合わないのだ。ただ漠然とした景色が選択されずに目の中を通り過ぎていく。
彼の不安は迎えの人にすぐ発見されるかにある。しかしその不安はその時後ろからした、女の声で消えてしまった。彼が訪ねてきた宮司良平の妻の恵美子がにこやかに立っていた。
どちらも実物を見るのは最初であったが、かなり鮮明な写真でも肉体をもって存在する人間を正確には写し得ない。
この場合、ぼんやりと立っている学生風の男の後ろ姿が恵美子に彼とわからせただけであった。彼の不敵な笑いを持った態度も彼女には皮肉にもぼんやりとしか見えなかったらしい。
駅を出るといやでも大きな建物が彼の周りに建ち並んでいるのが見える。両手に荷物をぶら下げてついていくとすばらしい高級車の前まで来ていた。運転手が荷物を受け取り、二人が乗り込むと二十分後には都心の騒音一つしない宮司家の前に自動車は止まった。
彼にとって今までの二日間は完全に自己を見失った形だった。あまりに急激な変化なのだ。もちろん田舎と東京を云々はできないが、東京に着いてからまるで、人形を扱われるごとく、まったく見知らぬこの地にやっとふらつく腰を下ろすまで、彼の目に入った駅前の建築物をゆっくりと眺め、判断を下す間もないままに、自分の意志というものは完全に存在しないままの状態でなければならなかった。
やっと見る力に意志が復活したとみえて物が見え始めた。堂々とした宮司家の静かな一室をあてがわれて家がどうなっているかもわからぬまま風呂場に通され、一風呂浴びて、やっとこの見知らぬ部屋に自己を見いだしたのだ。

トップへ

前へ

次へ

ホームへ