| 年月日 |
曜日 |
日記本文 |
| 1957.9.1 |
Sunday |
1957.9.1
いよいよ明日から新学期。 |
| 1957.9.2 |
Monday |
1957.9.2
私はほとんど熱中するということを普段知らぬ。私は今日自分の熱中した姿を美しいと思った。熱中がすぐにできることは能率的だ。世の中はすべて能率時代だ。 |
| 1957.9.3 |
Tuesday |
1957.9.3
秋風涼し
空青し
朝顔青く
柿緑に |
| 1957.9.4 |
Wednesday |
1957.9.4
すべての人々に明日はより良き日でありますように、とラジオがお休みをいう。そして、その中の数人はすでに死への旅路の明日がより良き日でなければならない。 |
| 1957.9.5 |
Thursday |
1957.9.5
自分自身がままならぬ。
台風十号接近中。
模試試験中。きわめて不調。一日眠い。夜は眠れぬ。なるようになる。
ケセラセラ・・・。 |
| 1957.9.6 |
Friday |
1957.9.6
食べたい時に食べ、眠りたい時に眠り、起きたいときに起きる。これを一般の人は放縦というのだろうか。
私はそういった生活にも一応食指を動かす。
しかし、案外つまらない生活なのかも知れない。
とにかく、人生のある時期をそういった生活に費やすのも面白かろう。今の私に一番必要なのは、そういった生活と丸反対の生活を送ることだ。
中秋の名月。 |
| 1957.9.8 |
Sunday |
1957.9.8
中島光恵さんに第六信。
男に生まれた悲しさ、求愛という屈辱的なことをしなければならぬ。しかも、相手は女性---ちょっとした気まぐれがノウとイエスを決定する---であってみれば、私のような男にはノウが恐ろしくてそういったことになかなか、思い切りがつきそうにない。ノウと言われて、なおも挑む力強さも私にはない。いったんノウと言われると精神的な恥辱感からいつまでも抜け出ることのできぬ私であろう。この人こそと思ったら、とことんまで追いつめてものにするにしては、私には自信がなさすぎるし、相手に対する憐憫の情が深すぎるよである。私が嫌いな女性に私を押しつけていることはできないという。しかし、嫌いを好きにさせるまでの攻撃もあるはずだが。 |
| 1957.9.9 |
Monday |
1957.9.9
○天才は真摯に生きることにおいても天才であった。
○凡人は真摯な生き方の何であるかを知らない。
真摯な生き方がそれほど尊いものだとは思わない。
簡単に、いつでもやろうとすればやれるとうぬぼれる。
そして真摯な生活を知らぬためについに凡人で果てねばならぬ。
○私、この偉大なる凡人。
涙すべきものに、慟哭を知らぬあわれな陽気者。
心に奥底がない、絶望から見捨てられた歌う絶望の塊。 |
| 1957.9.10 |
Tuesday |
1957.9.10
いったん見つからないと思った瞬間からなくなったものは容易に見つからない。たとえ握っている鉛筆でさえも。それにそういったものは、一番見つけにくいところに、たいていあるものなのだ。 |
| 1957.9.11 |
Wednesday |
1957.9.11
◆ケアレスミス。これがあまりにも広範囲に多くのことの方向を変えてしまう。大は人生、小は試験。広大は全世界、狭小は私の部屋。
◆酸素65%、炭素18%、水素10%・・・
驚くことはない、この数字を書いたご本人のパーセンテージなのだ。生命をソ連の科学者が作り出したとか聞く。人間が生命を人工的に作り出すからと言って生命の価値が損なわれるものでもなく、神秘性が失われるものでもない。研究すれば、するほど、それらは増して行くものなのだろう。いくら酸素60炭素18水素10・・・の割合に混合して電気火花を散らしたところで、人間は生まれはしない。 |
| 1957.9.12 |
Thursday |
1957.9.12
猛烈に腹が痛い。痛みがなければ痛みはわからない。それほど私は幼稚だ。なんでも実際それを自分で体験しなければわからないのだ。これでいいときもあるが、いたずらに自分の落ち度の原因からの結果を体験と誇ることもない。
腹は何も原因なしに痛くはならないし、決して自分でそれをくい止めることの出来ないものでもなかった。いつも私はこういうことになる。来年の試験も落ちて見ぬことには、その苦さがわからぬらしい。 |
| 1957.9.13 |
Friday |
1957.9.13
◆思いつきがうますぎることが多い(小林秀雄)
◆何と言っても人は死より以後に生きることはできないのです。
◆私の人生が一つの芸術品であるなら、訴える力が今少し足りないようです。
◆泣きたい時に思い切り泣ける人は幸せです。なんと多くの人が歯を食いしばって涙を抑えていることでしょう。なくと言うことが自分を惨めにするよりほかのものではないと思って。
◆目的を後で作り出す事業が多い。しかも、間違いなく目的通りのものが出来るから評判がいいようである。 |
| 1957.9.14 |
Saturday |
1957.9.14
目的のない時間は無意味に終わる。一分を一つの単語を覚えるのに使うと時間は初めて意味を持つ。人生、これも目的のために美しく消化されなければならない。 |
| 1957.9.15 |
Sunday |
1957.9.15
◆秋場所始まる。ファンの気も知らず優勝候補第一番手栃錦敗る!三横綱に早くも土。
◆ここに一本の如意棒がござる。一本と申しましても一定の形をしているわけではござらぬ。見る人、見る人各々の長さ、大きさに、それこそ如意に見えましてござる。
しかも、先端はいつもぐいぐいと伸びているように見えまする。しかし、死んだ人には止まって見えるのでござる。言わずとも、伸び方も人によって違ごうて見えるのでござる。後の端を見ようなどとはゆめゆめ考えなさるな。3.0の目をもってしてもその無に等しき長さか見返すことは出来ますまいから。
面白いことには、その本質さえも人によって違ごうて見えるのでござる。しかも、磨き方一つでどんなにも光り輝くかと思えば、まるで乾電池の黒炭のごとく黒くも、サナダ虫のごとくビラビラにも、それはそれはあらゆる種類の様態を示すのでござる。
絶えず、伸びているとは先に申しました。それで人はちょっとの休みも取らずに磨かねばなりませんのじゃ。ついには根気負けして、ところどころに黒炭の黒を、サナダ虫のビラビラを作りだすようになるのは、浅ましき限りでございまする。
偉人と申すのはこの如意棒をダイヤモンドより美しく輝かせることの出来る人を申すのじゃ。
さしずめ愚僧は、サナダ虫級の如意棒で合わせねばなりますまいて。 |
| 1957.9.16 |
Monday |
1957.9.16
尊敬すべき楽天性。驚嘆すべきうぬぼれ。歓迎すべき偽善ぶり。感心すべき大欲。笑うべき真面目さ。泣くべき迎合性。 |
| 1957.9.17 |
Tuesday |
1957.9.17
上の図は蟻の生殖の図である。生物学的な目で見ると興味深いものがある。
電灯の明かりを慕って、まるでクモの子が孵ったときのように小さなアリが私の机の上に降りた。私は別に何とも思わないでいたが、ふと目に入ったのが上のような交尾した一つがいの雄と雌である。その数十百匹とも知れぬ雄の力を結集された表徴とも言うべき一匹がかぼそくも、強大なる牝の尻にへばりついているのである。
その憐れむべき対比。自然の摂理が雌は強大、そして今夜限りの雄の生命(もっとも、雌は不慮の死に後に合ったようだが)。
人間の世界においても、たとえ男尊女卑云々が言われていても、結局男は蟻の雄のように女の尻にへばりついて精子を与えるだけで、その生の本流ともいうべき神秘な営みは女を中心に行われてきているのではないか。
なんとなく、哀れなる男性を感じさせる一幕を蟻が見せてくれた。 |
| 年月日 |
曜日 |
日記本文 |
| 1957.9.18 |
Wednesday |
1957.9.18
私---この心---はこの付随物---顔・四肢・胃腸・心臓・肺臓・・・----とともに生まれて死なねばならない。この目つき、この口元の格好、この鼻の高さ、たとえ不満のある顔であっても、私のすべての時にそして唯一の私の時に共にあるのだ。
鏡の中の私の顔が、哀しみと、哀しみの笑いと、おかしさできまり悪く私を、その目つきで見つめる。
◆予想していなかったことが起こったときよりも、予想していたとおりのことが起こったときが人はよりびっくりするものだ。もっとも矛盾することには、予想が的中するとは予想していないのである。 |
| 1957.9.19 |
Thursday |
1957.9.19
努力もしないで得た結果が予想外によいと、自分の努力の質と量を後で過大評価をしていつも満足なのである。 |
| 1957.9.20 |
Friday |
1957.9.20
秋は完全に秋となり、
気は冷えわたり
空はきよみて
日影は淡い
半袖の白きシャツの
黒くやけたるたくましき腕も、
半年の日影へ
黒さを与う
日本の秋は
音を立ててやってくる
今日の夏の色を
明日は秋が塗りつぶす
橙色のコスモスの
朝風にきびしく
さえ渡って
日はくっきりと昇る
白き地肌に
青き冷気の
しんしんと迫って
秋は彼岸に入れり
今、一枚
今また二枚
ほよろりと木の葉の落ちて
秋はむなしく深みて青い |
| 1957.9.21 |
Saturday |
1957.9.21
昼間はいつも眠そうにうごめき廻り、
夜は遅くまで、寝付けないで起きてい、
自分の時間を全然持たず
自分をかこってばかりいて、
努めない私
努めない私に
将棋と大相撲と野球を除いた時
いったい何が残ろう
私は肉体となり、
魂は私を去ろう
魂を私に結びつける
将棋よ、大相撲よ、野球よ、
私を見捨てないでおくれ、
この、すばらしい魂の叫びを聞いてよ |
| 1957.9.22 |
Sunday |
1957.9.22
自分の状態から見てその状態にある自分を批判することぐらい、私にとって難しい問題はない。その時、私の批判力は鈍って、その状態を惰性的に進めてしまう。そしてその結果に至ってしまった後で(これもあやふやだが)批判を加える。
絶えず、批判力を失わないこと。これは私にとって私がよりよく成長するための最たる要因である。そうあるべく努めなければならぬ。きっと、すばらしい成果が成功の暁には得られるだろうから。 |
| 1957.9.23 |
Monday |
1957.9.23
林健太郎の「明日への歴史」を読んでいるが、歴史を、そうやたらに口に出すことが出来なくなった。まったく我々における世界史や日本史の学習は”史”の名に恥じるものでしかない。受験のために詰め込むのが主目的、先生も事件の”羅列”をされるだけ。
しかも誰もが”史”の下における試験で、良い点を取る。
我々にとってまだ史観を云々する時は与えられていないようだ。 |
| 1957.9.24 |
Tuesday |
1957.9.24 雨
◆山の頂上の1平方メートルに足を印して自然を征服したといい、原子爆弾を爆発させては万物の霊長と誇る人間にとって雨は依然として脅威である。傘を忘れた哀れさは例えようがない。不如意に降る雨に万物の霊長が少なからぬ心身上の影響を免れ得ない。800ミリメートルも降った日には、万物の霊長はこの世に存在しなくなってしまうのだから、すばらしくも自然を征服したと言えるものかなと思う。
もちろん、自然を征服したと人間が誰でも言うのではないようだが、やたらに使われたこの言葉には苦い味を感じないわけにはいかない。
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| 1957.9.25 |
Wednesday |
1957.9.25
鼻水が出て困る。今日の朝まで、朝起きると鼻が詰まって困っていたのだが、それを「フンフン」やっているうちに逆な方で困るようになった。
鼻水が出るたびに鼻を拭くから鼻の下が赤い。ただ赤いだけなら構わぬのだが、次に拭くときは摩擦でひりひりする。鼻水も刺激を与える。まさに一寸も安んずる間がない。
ちょっと拭くのを怠ると鼻水がぽたりと落ちる。落とさぬだけの紙も相当なもので、ちり紙がものすごい速さで消費される。
おまけに手は二本ときているから、ペンを握り通しでいるわけにはいかない。脳みそは一つときているから、鼻を拭くのに専心しながら、書物に熱中する芸当もできない。なにやかややっていても、時だけは我々の体のように狂いはしない。鼻---普通は、あってもなきがごときものだが--- 一つが大した災いをするものだ。
いつもの癖で鼻に勉強の出来なかった理由を着せるように書いてきたが、やはり心は正直である。心が正直だと、偽らぬところを披露したぐらいだから。 |
| 1957.9.26 |
Thursday |
1957.9.26
彼は感情において人の支配下にあり、社会的には人の上で威張り散らしている。彼の感情は常に周囲の状況に対する明確な反応であり、その反応をどなりつけて周囲に押し広める。
彼の言葉には、ただ口を動かしてくれる神経があれば十分で、脳みそは必要でない。それに、自分の思考を口で表そうにも、ふらついていてつかみ所がないのだ。
ただ不平・不服を言うときは幾分精神の統一ができるらしいのだが、日頃のものの見方が、一つの定まった観点から見ていないので、十歳の子供からも矛盾を指摘されて怒る。
家族外のあらゆる人々に対して慇懃で、物売りが話し相手にもってこいである。子供を盛んに使い、怒り、常に良き子供の喧嘩相手である。
私は彼は大嫌いなのだが、哀れさを感じる。もう少し自分というものを持て欲しいと思う。 |
| 1957.9.27 |
Friday |
1957.9.27
王道、近道を進んでいるかはともかくとして、王道を歩んでいるかが判定できても尊いのだ。
あらゆるものに対して私はあまりに小路に迷い込みやすい。 |
| 1957.9.28 |
Saturday |
1957.9.28 曇り夕方から雨。
別れのつらさ、私は一日を終えて寝床につくときそれを感じる。今日一日に対する見切りをつけ、そして明日を迎えるために。
一日をあまりに無駄に使ってきた私が、一日にもう少しの可能性を持たせたいために、見切りをつけることに対するつらさである。明日を今日のそのままの投射図にしてしまいそうな不安のそれである。
別れには悲しみが付き物である。今までのすべての日々を、無駄に、無意義に過ごしてきた私が、明日をつかまえて、”明日こそは”と力まねばならぬ悲しさである。
とにかく、日は過ぎ去り、それきりのものであることが悲しい。 |
| 1957.9.29 |
Sunday |
1957.9.29
私の人生は多分惨めなものになるように思われる。しかも、現在においてすら惨めなのである。それを私の単純な感覚が大したことに考えない。惨めなことが悪いことでないとしても、処女性を失うことが大したことでないと言っても失わない方がいいに決まっているように、惨めでない方が勝っていることは分かり切っている。
自分自身を惨めな状態においておき、少しの努力によっても、いくらかは惨めさから脱却できるというときに努力をしないという態度は卑怯だと思う。人生への反逆行為であると思う。自分自身への謀逆的ふるまいであると思う。
私にはただ一つのことを真面目にやって一生を終わる人々への軽蔑の心が少しくある。しかし、人生を真摯に生きることがすべてであっていいではないか。いや、それこそ人生のすべてなのだ。何も真摯に生きることは一つの事ばかりやるものだとは限らない。 |
| 1957.9.30 |
Monday |
1957.9.30
(もうすでに十月一日である。午前一時半)
いよいよ秋も深くなった。私にはこれまで、九月がこれほど秋じみて感じられたことはなかった。しかし、私は九月の後に十月が、まったく、秋というべき月が----あることを知らなかったらしく、十月が本当に秋らしくあるためには九月はやはり秋じみていなければならない。八月もそうだ。 |