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年月日 曜日 日記本文
   
1959.11.2 Monday

Lundi 2 Novembre

◆Nr.1 Richard Wagner 1813.5.22ライプチヒに生まれる。

変ロ長調ピアノソナタ 1831年練習曲
◆土日とダンス講習会に出て、ルンバ、マンボとワルツの中級とを学んだ。マンボ、ルンバはやさしい。ワルツの中級は僕の方でやってみても女の子の方が踊れない。それでまだ出来るかどうかわからない。まあ、個人指導的に習ったのだから自信はあるのであるが。

 最後の難関はタンゴである。一回講習に出たことは出たのであるが、その時一人の女の子とも踊らなかったので、一向に要領を得ぬ のである。それは今度の日曜日の午後7時から。翌月曜日は練習パーティ。さぞかし混み合うことであろう。

 にわか仕込みのタンゴではおぼつかないことだろうが、他のブルース、ワルツ、ルンバ、マンボ(それに後一回出ることにしているジルバも)は自信ある。

 昨日7:00時からの分には少々いけるのがいた。掛ける曲、掛ける曲、全部踊れるというのはずいぶん自信を持たせてくれるもので、楽しかった。マンボをやるときなんか衆人環視の中で少数分子がやるのである。見てくれ、をやって踊るなんて、とってもいいな。踊りながら、ワルツでも、ルンバでも他人の踊りを見ていれる。女の子からウインクされても知らないようなことはない。少々いける部類の女の子から実際ウインクされたのだが、なにせ、相手にも踊っている男あり、こちらにも踊っている女の子ありで、ついに二人は結ばれじまいだったのだが、残念であった。most beautifulの二人の中の一人に数えられる女の子だったのに。

 

1959.11.3 Tuesday

MARDI 3 NOVEMBRE

◆1833年 ワグナー、公的音楽歴の最初の年。処女歌劇『妖精』

《曲》『妖精』序曲、ミュンヘン国立オペラ演奏。

◆東明決勝戦。5-2で明治の快勝。

岡村不調。ついに今季も東大最下位決定。我が応援むなし。4年生にとっては最後の試合。

◆重馬叔父さんの宅へ言って碁戦。3勝5敗。一番最後のは1目負けで三連勝を逸したもの。残念!

今日も夜半に入って雨。叔父さんのところから帰って来たのが、午後12時15分前。駒込駅に行く途中で大粒に降り出して、東大駅前から寮までは、寮の人に傘に入れてもらって無事。

 布団は朝から2時間半位干したので少し乾いた。でも、まだ三日ぐらいはかかりそう。

 勉強は全然やらず。とんだ文化の日。

 とにかく暖かい一日ではあった。

島原へ手紙。○月給4500円のこと。

                  ○現金受領のこと。

                  ○ダンスのこと。

                  ○駒場祭のこと。

1959.11.4 Wendnesday

MERCREDI 4 NOVEMBRE

◆一日一つのことでも実のある美しい思い出を持ち得たととしたら、その人の人生はなんと、充ち足りたものとなることだろう。

◆一日一つのことでも実のあるしっかりした糧を得ることが出来るなら、誰が凡人で終わり得よう。

◆凡人への第一歩は、時間の無駄遣いに始まる。

◆現実に批判を持っていない人は真の生を受けていない人である。

◆コッペ一つを得るために君は何をした。単なる労働がその手段であるとき、君に進歩があり得ようか。

◆ワグナー『恋愛禁制』序曲。

 1835年作。華麗。ワグナーらしからず。

 『ヴィエンチー護民官最後の一人』五幕。小市民的個人主義の表れ。1839年2幕まで完成。ドイツにあっての指揮者時代最後の作品。


1959.11.5 Thursday

le 5 NOVEMBRE

◆ワグナー、パリ時代。

 イタリア人は、歌手、フランス人は、名手、ドイツ人は、音楽家

 

1959.11.6 Friday

le 6 novembre

◆ファウスト序曲。

 1841年 さまよえるオランダ人

 1842年4月 パリを去る。ライン川を渡る。ドレスデンに帰る。

 ヴィエンチ、成功

 続いて1843年、さまよえるオランダ人、成功。

 ドレスデン宮廷歌劇団。

◎「さまよえるオランダ人」

 本来のワグナーを表す最初の作品。

 ゼンダ=ノルウェー人の船長の娘。7年に一度陸に上がれる。

 序曲。

◆私の理解の速さは私から思考を奪い去る。

 先生の言うことが一々理解できてうなずいてしまう。 それ以上の進歩がない。先生の解釈に対する批判がない。先生の解釈はつじつまがあったものであるは間違いない。だから理解する方でもつじつまのあった理解が出来る。つじつまのあった理解を破壊して新たに自己に徹した解釈体系を作り上げることが私には出来ないのだ。

 ゼミでNietzscheのAlso Sprach Zarathustraをやっている。わからないところをいわゆる先人、先生の解釈で間に合わせてしまう。

 

自分自身の内部で、出来うる限りの解釈を行おうとしない。先生の話が聞いていて理解できる。なるほど、なるほどと頷いて、その難解なところは通 り過ぎていって終う。いつまで経っても自分で意味をつかむことが出来ないでいる。まだ、二回目だからと安閑としていては、何学期続けても進歩はないであろう。

Nietzsche。決して理解しやすい解釈向きの哲学ではない。対決して苦労すればするだけ自らが鍛えられるような気のする哲学なのだ。

 自己に徹底せよという先生の言葉に忠実なら、まず自己解釈に徹底することが、要請されよう。

 Ubermenschは、決して超越者ではない。我々の内部にあるもの、底を割った人間の名称なのだ。来年・再来年駒場にいる限りよろしくこのNietzscheのAlso Sprach Zarathustraと対決すべきである。

 

 

1959.11.11 Wednesday

MERCREDI 11 NOVEMBRE


◆ワグナー、1845 タンホイザー

          ローエングリーン

 

1959.11.13 Friday

13 NOVEMBRE

◆ワーグナー

 ◎華やかなダンスの調べに舞い踊っている十二人の乙女ら。その白い腕を惜しみなく澄んだ秋の空から降り注ぐ真昼の日にさらして、しなやかな曲線を描きながら、軽快なステップで円を廻している十二人の乙女ら。それを運動会場の片隅から見つめている彼女の頬に熱い涙が次第に冷たくなりながら這い落ちた。この一月というものの情熱を傾けて指導してきた、そのダンスの出来が周りの観衆のどよめきから上々のものと感じ取れれば取れるだけ、彼女の悲しみは益々強いものになって行った。

「ああ、あの人が見ていてくれたら」

 彼女はその涙の目を閉じた。目にたまっていたその悲しみの液がどっと大滴に溢れて、乾きかかった涙の跡を再びじっとりと湿らせて落ちた。

 瞼の裏に、あの日の彼の姿が浮かんでくる。あの日、ああ、あの夜。

5月○日。O大同窓会館。

ダンスパーティ。静かなブルースの調べが踊り手の腰の動きのようにゆらゆらとたちこめていた。彼女はダンスパーティの雰囲気が好きだった。なんだか、熱ぼったい湿った空気はいつも彼女の身体をうずうずさせた。ちょっぴり危なっかしいような感じさえもが彼女のしまった白い肌には気持ちよかった。壁に背を持たせて、申し込んでくる男性を待つときの、あの冒険でもするときのような心のときめき。彼女は容貌に自信があった。自分でも時折驚くほど美しいと、思うときがあった。そう言うときは何時間でも鏡と睨めっこして、自分独りの陶酔を味わって夜を過ごしたものであった。

 今日出かけに鏡の中の自分に微笑み返してきた自分が、このダンスパーティで一段と注目を集める存在であることに、彼女は満々の自信を持っていた。しかも、まるで空中を舞うごとく軽やかなステップを踏める彼女が、壁ばかりにはいつくばっているナメクジみたいな女の部類に入らねばならぬ 理由がなかった。今も、もっと踊りさそうな男性から やっとのことで離れて、このベランダでヒンヤリとした夜気に肌を引き締めているところだった。

 階下の薄暗い庭の中をうごめいている影の向こうはもう全くの暗闇でそれは空まで続いていた。ツルバラの繁ったベランダから夜空にきらめく星を眺めている美少女。背景は、ダンスパーティ。たゆとうブルースの調べ・きっとロマンティックなものに違いない。彼女は独りでウフフと笑った。でも、私の左隣りには、美青年が経っていて、二人で一緒に黙って星空を見上げているのだとしたら、それでこそロマンティックの極みと言うべきだろうと彼女は思っていた。

 今夜、これまで踊った人の中に少々いい人もいたけれど、この私にはまだつまんないわ、もっとハンサムで、そうあんなに身体を揺すってテンポを取ったり、まるで、鎖につながれた脚を引きずるような踊り方しかできない、あんな人たちではない、もっと私向きに軽快なステップを踏める男性が、現れるべきなんだわ。

 スーツと流れ落ちた星の滴に彼女は無意識のうちにその願いを言ってしまっていた。

 「踊っていただけませんか」

 男性らしい滑らかな声であった。彼女は振り向きざまにまるで自分の密かな願いを見破られてしまったような笑いを相手の目に注いでいた。でも、その笑いは彼に快く迎えられていた。

 整った美しい男の微笑が、彼女の笑いを不自然なものにしなかった。会場に入るとき自然におかれた男の右腕を腰に弾けるように感じながら、彼女は、ほのぼのとした、酔ったような心の旋律を感じた。ダンスパーティではそれは全く自然のものであった。男から手を取られても腰に手を置かれても、意識外のものとして気にするようなことはない。それが今、一人の男の手を彼女は皮膚で焼けるように感じたのであった。ホールドすと時、無造作に彼から手を取れてさえ、一瞬はっとたじろぐような、感触を意識したのであった。

 最初少々ぎこちなくさえ見えるような踊りしか彼女には出来なかった。目を伏せたまま彼女は彼の顔を第一曲が終わるまで上げようとさえしなかった。

 でも、おそるおそる見上げた彼の顔が、あの薄暗いベランダで見たときにも増して輝いて見えたときには、本当に胸をなで下ろす気持であった。

 彼もなかなかの踊り手であった。 

 彼女は誘導されるままに、いつもの勘を取り戻して、今や二人の踊りには敵がなかった。二人だけの世界に浸りながら、しかも辺りの世界を支配もしつつ彼らは踊った。

ワルツの曲が始まっていた。


ヘジテーション・チェンジ。

リバース・コルテ。

オープンインピダスターン、ウイング・ダブル・リバース・スピン。ドラグ・フジセイション 。バックワードロック。ナチュラルスピンターン。

ウィスコ・シンコペーティッド・シャッセ、ターニング・ロック。

自由自在に彼らはステップを踏んでいた。

 第五曲目が最後のターンを高音に終わった時、彼が彼女の耳元にささやいた。

「ベランダでしばらく休みましょう」

「ええ」

彼らはベランダに出た。

しっとりと夜気が二人の上気した頬を包み込み目覚めたような新鮮な感覚を呼び起こした。

「さっきは、星を見てたの」

「ええ」

「星が好き?」

「星気違いなのよ、私。お友達の間でも有名なくらいに」

「女の人って星を見ながらどんなことを考えるのかな」

「極めて現実的なことかも知れないわ。ダイヤモンドならいいのなどって」

二人は笑った。

二人の心はいつしか溶け合っていた。

その夜、二人は最後まで一緒に踊った。

 

 

1959.11.19 Thursday

11月19日

◆私という貴女から完全に失われたものの心の中になお、貴女が重要な意味を持って存在していると言うことを私は率直に語るべきでしょう。あらゆることを率直に言うのでなかったら、この手紙の存在価値はほとんど無に近いと申さねばなりますまいから。率直に、そうあらゆることを率直に申し上げて、今日はいっぱいに貴女の冷笑なり、軽蔑なり、嘲笑なりを受けてみたいと思うのです。貴女がもし、高潔な人格者で、そういう感情に襲われるのがいやだとおっしゃるのなら、ここいらでお読みになるのをお止めになるべきでしょう。私の考えていることのすべてを言ってしまえば私においては事は完結するのであって、貴女においては、現在の健康な楽しい日々が何の支障もなく続いていくだけのことでしょうから。

まず第一に、貴女から最後の爆弾的な手紙を受け取ったというコンプレックスが私の心から今日まで消えずに残ってきたと言わねばなりますまい。

貴女にとっては、私との文通が今では悪夢としてしか思い出されないとしても私に関する限りは楽しい思い出として思い出されるべき思い出でありたかったのです。

本当にあの当時は楽しかったし、今貴女のお手紙を読み返してみても、心の奥からしびれるような楽しさが湧きあがって来、素晴らしい貴女の才気の躍如たる様に打たれてしまうのです。でも、あの最後の手紙だけはどうにもいただけないものでした。そしてあの手紙がある限り、私は一種複雑な気持ちであの思い出を思い出さざるを得ないのです。

 だから、もし貴女が一言でも、現在、私に対して嫌悪も何も抱いてはいない、あの手紙は、取り消そうとと言って下さるとしたら私はどんなに楽しいだろうと夢想しているのです。

 にっこり笑い合って別れたというのが、私の念願なのです。もしそういう別 れ方が出来るとしたら、年に一度ぐらい私がこんなプログラムを送って来てもちょっとも変ではないでしょうし、年賀郵便ぐらいはお互いに出し合えてもいいのではないかと思うのです。「昨日の友を今日の敵にする」ような別 れ方も確かに結構だし、ある意味ではサパサパしているかも知れません。でも私たちの別 れはそういう別れでもなかった。貴女には優越感が残り、私には劣等感が残った。劣等感、それはなかなか脱しにくいあるものなのだ。

 貴女にとって優越感が住み心地のいい拠り所であるように、貴女の優越感的感情が今日の私の申し入れをはねつけようとするかも知れない。平等な別 れ方より、貴女にとって最恵国的権限を持った別れの方が遙かにいいかも知れないから。貴女の優越感は私にへりくだりを要求するだろう。私は「お願いします」「・・して下さい」と赤い羽根を売る女の子みたいにペコペコしなければならないかも知れない。

 少なくとも平等な別れをするためには、私は貴女のサヨウナラに対して、サヨウナラを言い返すべきだと思う。私は貴女の最後の手紙を受け取ったときすぐそれを考えた。でもその時私が対等な立場で物を言うにあまりに私の状況は貧しすぎた。私の貴女に対して「ご入学おめでとう」と一言言ったとしても、そこにひがみを見出す貴女であったかも知れないのだ。それで私は待った。貴女のいう文通 拒絶の簡単な理由「私が予備校生活を送らなければならない」が解消するであろう4月を。でも私たちの別 れは4月も、5月も・・・ついに手紙を書かずに終わってしまった。

 そして11月。実に貴女に最後の手紙を貰ってから1年と4ヶ月たった今日、貴女に手紙を書くことになった。

 私の書く調子はあまり誉めた調子ではない。貴女の反感を買うのが精一杯な言い方をしているかと思う。でも私の真の言葉をはっきりという時貴女は何らの反感を抱くべきではない。


1959.11.25 Wednesday

11月25日

◆彼女と会見することになった。

 彼女、君には新人かも知れぬが、中島光恵さんと言えば、もう三年も前からの知り合いなのだ。

 11月29日(日)午後2時、場所は下図。

今夜11時半頃から約30分、彼女との会話を行った。彼女の方で「まあ、面白い」といっていたけれど、僕の方でも「まあ、面 白い」といってやりたかった。電話で聞く彼女の声は良かった。

日曜日の彼女の服装はピンク。

僕の方は制服。彼女はバッチを見たいのだそうだ。でないと僕を知らない彼女には僕の見分けがつかない。

ずいぶん哀れな会合もあるものだけれど、私の方針を徹底してきた詰まるところなのだ。我が胸は躍る。

 22日に出した僕の手紙に対する今日の彼女の手紙の素晴らしさときたら。

 改めて友になりましょうと。




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