昭 和 六 十 三 年 三 月 二 十 三 日 午 後 六 時 四 十 一
退院の娘迎える父親の心は揺れる期待と不安に 意地を張る車と車交錯し横断歩道で悲鳴の上がる
昭 和 六 十 三 年 四 月 八 日
雪の白と桜の淡き紅色の妍競い合う春の大雪 咲き染めた桜も春の大雪に枝たわませて悲鳴上げちょう 花祭り思わぬ春の大雪で季節はずれの雪見酒かな
昭 和 六 十 三 年 四 月 三 十 日 八つ岳泉郷
さやさやと木々を渡れる風さやかわが目覚め良き高原の朝 夜更けまで降りにし雨の痕もなく空青みたり高原の朝 夜更けまで雨降りにしを目覚めれば空晴れ渡る山荘の朝 樹の影の障子に揺れる山荘の朝のひととき鳥の音を聴く 「良く寝れた薬を飲んだ時よりも」高原の気は娘癒せし
昭 和 六 十 三 年 六 月 一 日
人事異動の季節となりぬ何時内示あるやも知れず落ちつかぬ日々
電話取る度にもしやと胸痛く締めつけられる異動の季節
昭 和 六 十 三 年 六 月 六 日
心臓を締めつけられる思いしつつ異動内示の部屋に入りぬ
権威ある人事権者の広き部屋ソファーの端に我は座りぬ
権威ある人事権者に明日の身さえ握られている無力さ思う
年次では高々五年か違わぬが人事権者は雲上の人
権威ある人事権者はゆったりと異動内示で呼んだと言えり
札幌へ赴任の内示聞きながらまず思いしは病める妻と子
評判がいいのでせいぜい配慮したいいポストだと内示者は言う
望外のポストと言うべしわが評価長き年月身に染みおれば
有り難きポストであれど病める妻子思えばわれのみ喜ぶべきや
良きポスト有り難けれど病める妻子残して独り発てるものかは
病める家族抱える事情率直に話して異動先の変更打診
良きポスト有り難けれど病める家族抱えておれば考えたきと
わが弱き立場知りおり無理言えば良きポストなど遠のくばかり
栄進と家族とどちらが大切か問われて言下に家族と答う
一日の猶予を上げよう無理ならば別のポストもと人事権者言う
せっかくのいいポストなら一人でも頑張ると言う妻は健気に
昭 和 六 十 三 年 六 月 七 日
一日の猶予を貰い妻子とも相談のうえ札幌行き受ける
昭 和 六 十 三 年 八 月 一 日
妻と娘(こ)の訪ねて来たりそれだけで嬉しさこみあぐ顔色冴えねど
支笏湖は波穏やかに静まれりたたずむ妻子見飽きぬ風情
昭 和 六 十 三 年 八 月 三 日
着任後のにわか仕込みの知識もて妻子の案内喜々として務む
昭 和 六 十 三 年 九 月 十 五 日
窓揺らす小さき音にも寝つかれず暗闇の中じっと窺う
昭 和 六 十 三 年 十 一 月 二 十 日
冷えきった家に帰りてオーバーの襟立てたまま料理す単身われは
朝出でし時と寸部も変わらざる散らかりし部屋寂しさ募らす
単身は寂しき面はあるものの煩わしさの減る面もある
昭 和 六 十 三 年 十 二 月 九 日
月一の定例会議で上京すわが家の灯(あかり)にふとこみ上げるもの
にこやかに玄関口に出迎える妻にも少し照れし風あり
久しぶり妻の手作りゆらゆらと湯気立つ料理舌鼓打つ
積もりたる話は尽きず夜も更けて淋しき妻もいま燃え上がる
昭 和 六 十 三 年 十 二 月 十 八 日
十年の空白のありスキー行き自転車同様忘れぬものか
借り物のスキーウエアストックでするするすると滑りだしたり
ゲレンデに近い特典生かさずばチャレンジ精神にわかに起こる
板に靴ウエア手袋何もかも一挙に新調スキー始めん
昭 和 六 十 三 年 十 二 月 二 十 二 日
電話すれど呼び鈴むなしく鳴り続くもしやを思い胸塞がれる
平 成 元 年 一 月 八 日
斜滑降どうにかできる初心者にベテラン指導者まず転び方
絶壁をひらりと降り行く若き女(こ)にスキー初心者われ肝抜かす
平 成 元 年 一 月 二 十 九 日
休日は何はさておきスキー行き転倒打撲も何するものぞ
中年の暴走族と言われたりスピード出るも制御がきかず
息子言う受験勉強息抜きに北海道で滑りたいなと
大学に無事合格しやって来い息子よその時一緒に滑ろう
パラレルもできる息子に遅れずに滑れることが第一目標
二 月 二 十 一 日 登別温泉
温泉(ゆ) の宿の滝の音冴ゆ小夜更けてふと胸騒ぐ思う人あり 露天風呂朝方降りし雪白くたわめる枝の青空に映ゆ 冬山の雪と木々との斑織り展望台より遥に続く 六 月 十 日
折り句(稚内)
わが旅の尽きせぬ思い語らえば長き一夜もいつか白みぬ
海青く利尻の富士はコバルトに白き雪冠輝いて見ゆ
草はめる牛のどやかにサロベツの原野は広し利尻富士見ゆ
サロベツの原生花園の空広くとんびは舞えり光浴びつつ
眼の底に焼き付けおかんと遥かなる利尻の富士を機上より見る