平 成 二 年 十 二 月 二 日
誰にでも出来る即興和歌日記日々のなりわいそのまま歌に
朝に夕にとにかく作れ一千首そこに見え来る自らの顔
うまいへた気にするなかれメモ代わり思えばやすし作歌は楽し
技巧よりまず作ること歌詠みの楽しさ楽しむことが先決
既存歌壇の権威に媚びずひたすれにうたかきつらねまず楽しまん
久々に歌集ひもとき早三年歌絶ちてより過ぎるを知りぬ
われはまた歌詠み始めん新たなる即興和歌日記創くるを期して
わが娘(こ)なお薬に頼る身なれども日々の挙動は健やかなるべし
咳すればわが眼前のクリスタルコップの高くキンと共鳴(な)りたり
わが境涯三年のうちに激変す札幌へも行きし職場も二度目
即興の歌の日記は記録なり日々の生業直截に詠む
ともどもにコートに立てば妻の眼の輝き増せり腕も上がって
大学の二年となりてマイペース息子はすでにわが道の人
念願の本を出版記念樹を植えた思いで独り微笑む
念願の本を出版記念碑を建てし思いで独り微笑む
売れ行きはいまひとつなりわが新著著者は無名で広告は地味
次作期しアイデアひねりつ不安なり引受け先がありやなしやと
週末はテニス三昧今年の対外成績一勝勝ち越し(十四勝十三敗)
優勝は一度ベストは八十八可も不可もなしゴルフ戦績
十二月なれど気温は二十度越す異常暖冬どこかおかしい
平 成 二 年 十 二 月 三 日
週明けに日程表めくれば週末に予定せしことすべてそのまま
丸一日テニスコートで試合もしバーベキュー味わう棒年大会
午後九時を過ぎてやにわにワープロでエッセイを書き出し就寝一時
鋭角のボレーはコートの左端つきささりたり快音残し
ウイニングボレーをコートの左端鋭角に決め快感残る
ボレー戦の練習すればわが妻はフォアに構えバックがら空き
わが妻の思い切りよいフォアハンド威力加わりエースを奪う
平 成 二 年 十 二 月 六 日
いわれるまま進退すればわれはいま民間企業の一室にいる
気にすまい思えど滅入る役員のおどろおどろしき人間関係
酒飲みの肴は職場の相関図複雑にして飲めども酔えず
現役で死去せし社長は自然死にあらずと聞きてしばし呆然
人徳のなきトップだと憤慨し真相話す専務に共感
三次会マイク持てども息切れて酒は五体をすでに侵しぬ
われ行かんおのれの道をひたすらに肩書のみの人にはならず
定食の納豆マグロは卵付きご飯に混ぜていざ食わんかな
恒例の晦日紅白歌合戦紅白合わせて五十六組
平 成 二 年 十 二 月 十 一 日
詠まざれど渇き覚えぬ日常の流れに知らず埋没の体
稲妻はするどく車内を貫きぬ雨足激しく帰路渋滞す
深酒は身体の精を奪いたりバックシートにぐったりもたる
男には第三の空間必要と密かにバーで無駄話する
ダ・ヴィンチの残せし鏡文字将来の印刷復元企みし故
美人ママやや惚れ心くすぐりぬからかい口調で探りを入れる
パソコンでノート作りに初挑戦プリント見つつ娘拍手す
人生は不思議なものと歌流るわれ歌詠みつつうなずいている
平 成 二 年 十 二 月 十 三 日 このところ負け込み激し中盤の競り合いでよくポカするわれは
いい碁にはすれど勝負に見放され最後に抜かれる惜敗多し
平 成 二 年 十 二 月 十 五 日 知らぬ間に月日はたちて半月を残すばかりの今年に慌てる
徳行の県知事賞を受けし父謙遜しつつも語気は嬉しげ
大負けに負けさせて買いし八ミリのビデオカメラであれこれ写す
八二の誕生祝いの電話口父耳遠く大声上げる
長崎に母は入れ歯の治療行き田舎の父の電話は大声
脳梗塞患いし日よりはや一年母持ち耐えて入れ歯を直す
風邪引いて妻寝込みたり久しぶり包丁使い野菜を刻む
大鍋で野菜を煮ればぐつぐつと湯気の音たつ暖かきかな
年賀状図柄決めかねそのままに六百枚を何時刷るつもり
道知事は熟読するとの例文で拙著寄贈に礼状よこす
クラス会スナップ送れば礼状のぼつぼつ届く偉き人あり
平 成 二 年 十 二 月 十 六 日
「全優よ」誇らしげに言うわが娘病の影の消えて励みし
このままに病魔よ姿を現すな祈る思いで娘を見つむ
元デ杯全日本ペアにわが夫婦挑めど二ゲーム取るのがやっと
八ミリでゲーム収録様々の思い抱きつプレーを見つむ
シェリー酒の杯を重ねて即興歌詠めば楽しき日曜の夜
シェリー酒の封を切りたり奄美ある味と香りに杯置きがたし
シェリー酒の効き目か知らず居眠りしふと眼の覚めるワープロの前
平 成 二 年 十 二 月 十 八 日
落ち込んだ娘は哀れぐったりと椅子にもたれて顔も悲しげ
このままでいてくれなどとつい昨日祈りし娘の精気はいずこ
ぶり返す度に思えり因業な病魔に憑かれた娘の不憫
平 成 二 年 一 月 二 十 五 日
寝室のドアをきつい音立てて閉じこもりたる妻何怒る
同 年 二 月 二 十 八 日
原稿の締切り迫るプレッシャー何とも言えぬ気持ちの悪さ
湾岸戦争終結
湾岸の戦争終結中東の和平構想いかに確立 五百もの油井の燃えるクウェートの戦禍の修復いつになるやら フセインの狂気の果てに人類と地球の前途暗雲覆う 海洋は原油で汚染上空も黒煙覆う戦後のクウェート
三 月 十 五 日
「どうしたの」言わせんとして寝込む妻その手に乗れぬわだかまりあり もう何年専業主婦で食ってるのプロの厳しさ求めちゃいけない? 細々とああやれこうやれ口は出す電話も控えず書類は処分 プロらしくやってはどうかの一言に妻は目を剥き声荒立てる
同 月 二 十 日
寝床にて作った歌を翌朝は頭ひねりつ形整える 悪性の風邪か家内は苦しげに深夜咳こむ肩震わせて 大国の狭間に位置す小国のごときわが社は絶えず大揺れ 小事よく大事に疎くぐじゃぐじゃと理屈並べる役員会議 小人の保身の言をことさらにあげつらう人のさもしき心 とがめられ言葉返せば青筋を立てて上司は八つ当たりする
三 月 二 十 五 日
これほどの小さい所帯でいざこざの絶えないものか嘆きは尽きず
三 月 二 十 六 日
不人気になるにはいかに振る舞うか身をもって示す有り難き御仁
三 月 二 十 七 日
ひさしぶり休暇をとればゆったりと時は流れて心くつろぐ
四 月 四 日
ひたすらに次元の低い精神で儲け自慢の鼻蠢かす 儲けなど何もしないに等しいとプラトンは言う二千年前 わが国は儲け自慢の人ばかり財界人のみ鼻息荒い
新聞に新入社員への各社社長の訓示の報道
新入りに社長の訓示大方は天に唾する綺麗ごとのみ
同 月 十 五 日
オフロード車を買おうと息子言う三十才差を超えて同調
平 成 三 年 四 月 十 七 日から
平 成 五 年 八 月 十 六日
平 成 三 年 四 月 十 七 日 ��十年振りに神宮球場へ行く
二十年振りの神宮我が応援歌( うた)の五度登場嬉しからずや 三十年前に作詞( つくり)し応援歌今神宮の主役を勤む 「闘魂は今ぞ極まる」懐かしの歌詞神宮の空にこだます わが応援歌( うた)のいくすえ見んと神宮へ二十年振り妻ともどもに 東大の二百勝目の翌日に神宮へ行く連勝夢見 東大のチャンスの度にわが応援歌( うた)の学生総出で喉張り裂けるまで 同 月 十 七 日
ファイナルを落として五−六悔しさにしばし話をする気になれず
他を批判する人の言たくまずに己の姿描くおかしさ
母、発癌の報せ 痛ましや三月で母はみまかるか長き辛抱重ねた挙げ句 同 月 十 八 日
わが祈り届けよ母の一日も命永らえ安らかなれと
同 月 二 十 六 日
人間の命の脆さ儚さよ母は三月と医者の宣告
発癌の母を思いて歌詠めば涙溢れて止まらざりき ぽっかりと胸に大きな空白の空きし思いにふと囚われる 時や春若芽の緑鮮やかに余命短き母いとおしむ 八十の誕生祝う電報を打ちしばかりの母は発癌 ゆっくりと余生味わうゆとりなく母は発癌三月の命 病院の食事が不味いと母の言う初の我が儘最後になりぬ おそらくは具合の悪さひた隠し家事を手伝い孫を育む 一月も入院のうえ手術後に癌との診断納得いかず 「レナードの朝」に涙のその夜に母発癌の悲報は届く 後わずか三月の命と医者の告ぐ母よ安かれ残りの日々に ふるさとにわが母がいてやすらけきわれも心の支え失う 不条理と叫ぶ思いで冷静に母発癌の告知を受ける
同 月 二 十 七 日 青森へ妻と旅行
桜また桜に桜弘前の城の桜は天下の眺め 弘前の城は桜の花盛り行く人ごとに微笑をたたえて
同 月 二 十 九 日
陽光に満ち溢れたる北国の春の山野の新緑の風 雪解けの水は速みてさわさわと芽ぐみし木々の根元を洗う 花々の横一線に咲き競い薫風わたる北国の春 春浅き津軽半島一巡り海蒼くして山萌えぎ色 北国に光溢れて春の歌海山川も声を合わせる 八甲田の山の道路は残雪の壁そばだちて春まだ浅し
五 月 九 日
にこやかな笑顔の奥の人間の心の状を推し量りかね
五 月 十 日 故郷島原に母を見舞う
旅行けど心は晴れずわが母の病みし姿の眼裡に浮かぶ 骨と皮の母の両脚さすりつつ再び歩める日を念じおる 痩せ細る脚をさすればわが母の口許ゆるむ気持ちよさげに 病床に病み衰えし母を見て思わず溢る涙に戸惑う
同 月 十 四 日
千代の富士大横綱であればこそ涙にむせびつ引退を告ぐ
同 月 十 五 日
千代の富士大横綱の貫祿でさっと引退いさぎよきかな 安倍氏行逝く病み衰えし姿にてゴルバチョフを迎えて一月
同 月 十 六 日 健康診断に行く
眼底の写真を撮りてしばらくは瞼閉じれど白き輪の見ゆ 心音のオシログラフに映るをば横目で睨みつ心音を取る 胃検査の台はがたごと回転し上下左右の感覚麻痺す
同 月 十 八 日
碁会のあと
私を知らない人はもぐりよとアマ女流名人怪気炎上ぐ
自らの自慢話を楽しげに他人の話は聴く耳もたず
顔色をひとつも変えずにぐいぐいと冷酒を飲み干す青い眼の棋士
韓国の有望棋士の兵役を免除になるをみんなで祝う
同 月 二 十 日
自らの理解不足を棚に上げ語気を荒らげる交渉相手
同 月 二 十 二 日
久々に早寝すれども疲労感なおつきまとい早起きならず 日々をこれ新たにせんとたゆみなく新規の分野に果敢に挑む
同 月 二 十 三 日
一年もかけた交渉目処がつき肩にかかれる重荷軽減 いまひとつ心は重く満たされぬ思いにぐっと息を詰めている 八十も生きればよしとすべきかと自ら慰む病母思いて 夕焼けの皇居の向こうに広がるを物珍しきもの見るごとく見る 午後六時過ぎれど四界明るくて帰路の車中で書き物も出来 理不尽をしかと感じぬ人多く大企業病の人心蝕む 常識に背く世界にとっぷりと漬かっていながら気づかぬ輩 常識に背く世界を作り上げそれと気づかず押し通す人 思いやる心失いひたすらに儲けで動けば常道はずる 自らの儲けのためなら契約も信義も何も無視し平然 損得の計算だけは巧みでも人間性はいつか失う 知らぬうち人間性は失いて損得計算だけは上達 ヘーベルの三階建ての新築の色鮮やかに近隣に建つ
同 月 二 十 四 日
六時離社まだ日は高く金色に皇居の森の上に輝く 新緑の風に吹かれて揺らめいてざわめきながら黄昏て行く 新聞に人事の賑わう季節にて知人の消息時折わかる
同 月 二 十 八 日
怒りさえ覚えてわれはクラブ振る訳も分からず妻になじられ
同 月 二 十 九 日
夕暮れの池風立ちてカルガモの雛元気良く光を纏う ロビーにて車を待てば待ち人のそれなりの顔しつつ待ちおり 強固なる壁に囲まれ脱出のできない感じ老母発癌
同 月 三 十 日
音楽の心にしみる時節にて通勤車中もしみじみと聴く
ニガー(スメタナ四重奏団)
四弦のあやなす音の弦妙に心の襞に染み通りくる 名手らの心を込めて弾く音の心に染みて眼潤ませる われ愛すスメタナの弾くアメリカを何度聴いても飽きることなし ただ者でない生き方を自らに課して生きばや短き一生 同 月 三 十 一 日
週末は雨か金曜午後になり雲立ち込めてついに降り始む いつもならイルミネーション鮮やかな東京タワーも雲に閉ざさる 早や五月過ぎて実感伴なわず仕事に追われる日々省みる 歌を詠む貴重な時間通勤時歌う風物車窓の枠内 六月は梅雨のシーズン八日より妻は見舞いに遠路島原 外資系企業の女性失職で食えなくなるなど考えもせずと 一日の仕事で疲れしわが心空想の翼広げる余地無く 素振りするほどにゴルフの難しさわかって更に素振り続ける 素振りするほどにゴルフの楽しさもわかって更に素振り続ける テニスでは力まず打てるもゴルフではついつい力んでクラブ振り回す スポーツも得意なものほどリラックス力まずやれて成績も良い ふと襲う眠気にがくっと頭落ち慌ててペンを握り直せり なんとなく心ほころぶ明日からは二日休める金曜の宵 もうこれが十五首目なり車中作さすがに手元暗くて見えず 父発病の報せ
不運とは続くものかな今夜また父発癌の報せの届く 雲仙の噴火の見ゆる病院に父母重病で揃い入院 元気だと思いし父もいつの間か病魔に侵され病床に伏す 八十と八十三の両親のガンで入院雲仙岳( やま)も噴火す わが胸も小さきものよ重なりし父母発癌の報せに裂ける 現とも夢ともつかぬこの頃は父母の発病雲仙岳( やま)の爆発
六 月 一 日
父ガンと伝える姉の言葉さえなぜか虚ろに遠く聞こゆる
午前零時32分
くたびれたくたびれましたと言う相手和歌よりなくて深夜ペン執る 雨の降る夜半に病気の両親の揃い眠れる病院思う わが家にも帰れずそのまま病院で父母みまかるか末期ガンなら 繰り言は言うまいとして知らぬうち繰り言を言う父母の発病
同 月 十 八 日
食う度に奥歯に物の挟まるを鏡に般若の面相で取る
同 月 二 十 七 日
一日の暑さ思わす日差しなり朝の道路に湯気あがりおる
七 月 九 日
三十度越す日の下で白球を終日追えば汗滝と落つ
電話さえ掛ければ容態分かるとは知りつつ何故かためらいがある
ウインブルドンテニス女子決勝戦グラフ対サバチーニ戦
凡百のドラマを超える展開に固唾を飲んで白球を追う 九分九厘負けた試合を覆しグラフ優勝笑みよみがえる
同 月 十 一 日
接待の席で仕事の話する互いに声をあらたげながら
同 月 十 五 日
言葉にて表せざるもの飲み込んでしばし遅れてふっと息吐く
八 月 二 日
北海道へ旅行
今ここにいる不可思議と幸せのふとこみ上げて深呼吸する 朝靄の街既にして車多しされど人影疎らで新鮮 北海道こだわりの会一行の年中行事夏の浦河 五時起きのはずを寝過ごし我が娘アルバイト初日早速遅刻 囚われぬ身になりたいと思うほど囚われている胸苦しくて 日々追われ追われるままにひたすらにただ前へ出る行く方も知らず 至らざる身を省みて思うこと小さきなりに心広げよ
同 月 四 日
なにものにも代えがたきかなこの空の蒼さ空気の澄んだおいしさ
同 月 十 二 日
夫婦仲のぎすぎすすればわが妻の胃痛訴う決まりのごとく 人の常とはいいながらわが妻の終に気付かぬ自己中心性
口の中酸っぱくしつつわれ説けど妻の露な反発融けず われを責む言葉そのまま返すのみ妻とて同罪省みぬだけ 妻胃痛夜更けのベッドで指圧する気を収めれば治ると知りつつ
同 月 十 九 日
ソ連政変
ゴルバチョフ失脚のニュース駆けめぐる何が起こるか分からぬ国柄
同 月 二 十 日
大の字に畳の上に寝ころんでふるさとの風全身に浴ぶ
同 月 二 十 一 日
クーデターのごとくに見えてさにあらず?分けの分からぬソ連の雲行き 手をつなぎバリケード守る国民に戦車突入死者も発生
同 月 二 十 二 日
ドタバタの田舎芝居の観ありき保守派の一揆あえなく壊滅 ゴルバチョフモスクワ復帰クリミアで休暇の隙に追い出されかけ
同 月 二 十 四 日
山中湖ジャズ・フェスティバル
聴く人も皆それぞれに何となく幸せそうなジャズ・フェスティバル はからずも二日続けて湖の畔でジャズを妻と楽しむ ジャズ界の名手の熱演・迫力に我を忘れて体を揺する 熱演に広い会場埋め尽くすジャズファンらもただ乗りまくる 天空を満たすジャズの音に身を委ね心地よき風は心を洗う
同 月 二 十 六 日
共産党よもやの解体激動に継ぐ激動のソ連や何処へ 社会主義国家音たて崩れ落つ行き着く先はいかなる政体 激動のかくも続けばもう何が起きても驚くこともないほど
同 月 二 十 八 日
もう振り子後へ戻らぬソ連邦独立相次ぎ解体必至
同 月 二 十 九 日
天空に音漲ってわが魂も宙駆けめぐるジャズフェスティバル
平 成 三 年 九 月 三 日
「うた日記」鴎外作を繙けば吾が歌日記と思いは同じ 六時半早や日は暮れてきらめけるネオンの中を帰宅を急ぐ 知恵長けた双子の記す体裁で「悪童日記」戦時をえぐる 簡潔な筆致で描く東欧の戦時の地獄絵「悪童日記」 古書展に足繁く通えば目も肥えて思いがけない良書を拾う
平 成 三 年 九 月 五 日
自分だけ正しいだろうかと自問した孤独なルソーの夢想の勁さ
平 成 三 年 九 月 九 日
週末は二週続きの台風で外へ出られず読書に励む 土日で三冊読了肩凝って回らぬ首で四冊目を読む 先週も古本市で二十冊以上も買えば読んでも尽きぬ
平 成 三 年 九 月 十 日 �
苡繧ミさし「しみじみ日本・乃木大将」を観る
作劇の工夫はあれどモチーフに統一欠けてやや興ざめの感
台風15号
台風は一過すれども青空は見えず残暑の厳しい日柄 今週もまた台風の週末か三週続けば天恨みたく
取りかかり初めは辛いワープロもしばらくたてばやや楽になる 落ち穂をば拾うがごとくあちこちにメモせし歌をワープロに入る メモ替わり和歌をたぐれば過ぎし日の忘れしことども次々浮かぶ
平 成 三 年 九 月 十 三 日
旅に出し妻に代わってわが娘朝夕我に食事を作る 友人と妻連れ立って高山へ天候いかんと雨空見上ぐ
平 成 三 年 九 月 十 七 日
何したと問うことなかれ三連休自ずから湧く笑みぞ賜物 何したと分からぬうちに三連休とく過ぎにけり仕事再開 平 成 三 年 九 月 十 八 日
また三つ台風接近雨ばかり秋晴れの空いつ見れるやら
ここかしこビル建設でクレーン車ダンプトラック道幅狭む
平 成 三 年 九 月 二 十 一 日
車内にも夕暮れそっと忍び込み詠みし歌書くペン先見難くし
平 成 三 年 十 月 三 日
わが部下を頭ごなしに叱る人お前が悪いといわんばかりに
烈風に実りしリンゴもぎ取られ被害総額五百億円
平 成 三 年 十 月 十 二 日
台風の合間をぬってゴルフ行き八十台で雨もいとしや 十二人参加し落伍は一人のみ台風最中の同期のゴルフ
台風の歩み鈍くて前半は無風曇りでゴルフ満喫
平 成 三 年 十 月 十 三 日
古本市四十冊もまとめ買い死ぬまで読めぬ本もあるらん
まとめ買いせめてまえがき読まんとて四十冊では十日はかかる
古本市憑かれたものの相貌で次から次と書棚を漁る
「癌かしら」妻の言葉にストレスが溜まると失言一日冷戦
平 成 三 年 十 月 十 五 日
久しぶり田舎へ電話耳遠き親父はついに我を認めず
故郷へ母を見舞う
左脚悪くて寝たきりわが母のもの忘れ激しく衰え目立つ
出張の帰りに四度目の帰省せん父母と普賢の見舞いをかねて
久しぶり空晴れわたり秋の気は肌寒きほどリンと澄みたり
丸の内ビルの九階に個室ありこれぞ贅沢知的満足
証券の大手揃って営業の停止処分で株価値上がり
お粗末な独り相撲で海部退き派閥人事で宮沢浮上
平 成 三 年 十 月 二 十 一 日
涙腺はつい緩みがち故郷の父母の歩みに老い影深く
山容の様変わりたる雲仙は今日も渦巻く噴煙を上ぐ
遠目にも流れる溶岩赤々と黒き中腹に火の道つくる
脚弱き母を支えてのろのろと一つ違いの友を訪ねる
かさぶたのごとき溶岩ドームあり山頂変容噴煙を上ぐ
四度も故郷へ行く父母老いて雲仙(やま)荒ぶれば慰めんとて
平 成 三 年 十 一 月 四 日 母再入院
今日もまた母入院の報せあり末期ガンとの診断下りる
平 成 三 年 十 一 月 十 一 日
病床の母の姿の胸よぎり滅入る気持ちで書類をめくる
平 成 三 年 十 一 月 十 八 日 音楽会へ行く
オーチャードホールはさすがに大きすぎ四重奏曲迫力不足
楽音の溢れる最中で浸るような感じで聴きたい四重奏曲
楽団の音色は澄んでしみじみと心に響くベルグ楽団
平 成 三 年 十 一 月 二 十 一 日 �S臓病(?)
心音に異常ありとの診断に終日胸の締めつけられる
平 成 三 年 十 二 月 十 一 日
米欧を駆けめぐりたる旅終えて時差ぼけのせい?生あくび出る
平 成 三 年 十 二 月 十 二 日
老い行くをわが身に重ね三十も違う病母の衰えを知る
心臓の検査を受けんと病院の廊下で待てば左胸の重く
丸二年連載をせし随筆のコピーを取れば感慨深し
なんとなく胸の当たりが重苦し心音異常と言われて以来
胸重く頭痛少々息切れて時差ぼけ後遺症今日も通勤
異常なし診断終えて気も晴れて左胸の重みたちまち消える
平 成 三 年 十 二 月 二 十 六 日
初雪は雨に混じってほそぼそと降る矢先から融けてしまえり
一年の仕事を終える感慨の膨らみもせずただ空( くう)を見る
平 成 四 年 二 月 二 十 一 日 故郷に母を見舞う
早や四月久方ぶりの故郷は噴火鎮まらず病母は癒えず
冬なれど有明海はおだやかに高速艇に帰心をゆだぬ
病床の老母を見舞う五度(ごたび)目は二度目の春に近き晩冬
ぽっかりと胸にあきたる空白を映すや靄う海と山影
平 成 四 年 二 月 二 十 三 日
痩せこけて病母は軽し車椅子にそを抱き移し院内散歩す
箸つかうその手つきさえおぼつかず病母の口からめしこぼれ落つ
エレベーターの鏡に写りし白髪の白きに驚き母髪に手をやる
せめてもの孝行なりと車椅子病母を乗せて院内巡る
土石流家屋流せしその現場すさまじしさに息を飲むのみ
山容は荒々しきほど変わりたり美峰雲仙今やいずこへ
夕焼けの中に猛き山容の浮かび上がりたり黒煙なびかせ
放し飼い同然の鶏雛孵し卵も生ます夜は木枝( えだ)に寝
夜は高き枝に寝をとる鶏の雛を育てて卵を恵む
やるべきをやる気にならず悔やみつつ歌などを詠む徹夜にならん
同じバス五度も乗れどその度に時刻確かむたまに来つれば
おだやかな晩冬の日のバスの旅故郷( くに)の病母を見舞いし帰り
様々な思いは巡る衰えし病母を見舞って帰る道中
三十年後の我等が姿かと弟と病母見舞ってしばし語らう
付添婦の子をあやすごと気ぜわしく病母に食事勧むを怪しむ
病院の狭き廊下を車椅子に病母を乗せて気晴らしをさす
「長男です」同室の人に紹介す病母は笑みを微かに浮かべ
講演の準備やる気になれぬまま碁を打ちいままた歌など詠める
弟は好敵手にて夜更けまで帰省のたびに烏鷺戦わす
この度はわれ勝ち越せば弟は悔しき顔にて碁石片づく
幾面も碁盤を持てる弟は地元碁界で名だたる打ち手
平 成 四 年 三 月 十 四 日
もう気力萎えたと見えし先輩のみまかりし報二月後聞く
十三、十四日湯河原へ社内旅行
万葉の草木育む公園のおたまじゃくしの小さき花影
やわらかき柳の緑春の野にかすみのごとく風とたわむる
同室の二人のいびきのコンチェルト眠れぬ夜明けうぐいすの声
延々と言い争える男ども酒を舐めつつ覚めていく我
平 成 四 年 三 月 十 八 日
春の朝大福のようなべた雪の空埋め尽くすほど降る町を行く
平 成 四 年 三 月 十 九 日
棋聖戦最終局のその夜に我二子番でプロに初勝ち
平 成 四 年 五 月 一 日
故郷へ、母との別れ
楽しまぬ心の奥に病床の母の姿のこびりつきおり
天の爪でえぐられし痕と言うべきや普賢東面口開けし様
ふるさとはのどかなる様陽は満ちて母の病も噴火もあれど
わが母に別れを告げるこの度の帰省と思えば心は重し
平 成 四 年 五 月 二 日
母と幼児( こ)の笑み交わし合う横顔の瓜二つなりバスの車中で
平 成 四 年 五 月 三 日
午後二時十五分長崎空港行きのバスの中
今生の別れを告げんと痩せこけし手を取り呼べど母は応えず
午後二時二一分
雲一つなき蒼空はただ眩し死床の母を残し発つ身に
午後二時二四分
お疲れさんもうやすらかに眠りなと意識の失せし母に語りかく
午後二時三十分
呼びかけるわが声母に届きしか眼しばたきつつ「おーおー」と言う
午後二時三十七分
虚ろなる眼は何を見る正面に顔近づけて母の名呼べど
午後三時二十九分
見る影もなく衰えし母の身にからまうばかり治療用チューブ
午後三時三二分
死に行くはかくも無残か容貌は変わり手足は皮と骨のみ
午後三時三六分
病床の母は動かず反応もなきまま三日見舞うも知らで
午後三時四十三分
苦労して報われぬまま真先に死に行く母をなんと慰さむ
午後三時五十九分
意識なき病母に付添い看護もれど長くけだるく一日の過ぐ
午後四時四分
病室に泊まって看護の姉のぐち聞きつつ病母の顔を見つめる
午後四時八分空港着
とんぼ返り覚悟で帰路につくわれは心に刻む病母の姿
平 成 四 年 五 月 七 日 �齊�去の報せ午後十二時四十五分
十一時母死去せりと次姉の報予期したるごと淡々と聞く
午後十二時五十分
予期したる母の死なれど湧き上がる深き悲哀に空洞の開く
平 成 四 年 五 月 八 日
長崎空港から島原へ向かうバスの中、午前十一時
暗雲に全山覆われ海もまた鉛に煙る母弔う日
午前十一時十分
母のなきふるさとへ帰る日の来たり迎える人のいない虚しさ
午前十一時二十分
われ迎ゆ母の笑顔の目に浮かぶ母弔いに帰るバス中
平 成 四 年 五 月 二 十 八 日
連載も十九回目趣向変え「単身赴任の愉しみ」を書く
平 成 四 年 六 月 四 日
四十三の命奪いし火砕流一年たてども終息見えず
母逝きて一月たてば寂しさに胸締めつけられる日と夜も多し
平 成 四 年 八 月 十 六 日 �黷フ初盆
火山灰音たてて降る日に五度うまし故郷泥まみれの体
初盆の墓参の列に火山灰含みし雨は音たてて降る
初盆に親族集いて亡き母の冥福祈りつ思い出語らう
早朝にふるさと発てば日も差さず灰にまみれて街は寂しき
平 成 七 年 五 月 一 日
三日持てば就職せし娘(こ)を危ぶみしがもう三年目夢見る思い
二年遅れ卒業をせし娘の就職に三日持てばと案じたものを
この夏に土浦の人と結婚す娘のしあわせ妻と祈らん
同じ年に就職をせし弟と金融専門語で語らう娘
順調に卒業就職わが息子帰宅は深夜しごかれている
各種資格取らせる会社の方針で学生時代より息子は勉強
週二日囲碁教室に通う妻碁に勝ちし日の口許緩む
コートにて難球みごとに打ち返し得意気に妻鼻うごめかす
パラレルで滑れるように妻なりてスキーフィーバーますます高ず
母逝きてはや三年目わが胸に優しき笑みはなお鮮やかに
母逝くも父は元気でもう米寿歩みのろくも耳遠くとも
新職場昇格もしてのびのびと仕事のできる幸せ思う
碁にテニススキーゴルフに水彩画パソコン通信今日は歌詠む
碁で優勝テニスで優勝ゴルフでも五十五歳はゴーゴーの年
フィアンセが旅行エージェント暇あれば海外旅行楽しむ娘
スキーテニス沖縄旅行ドライブと息子も負けずに青春謳歌
囲碁スキーテニスも一緒海外も喧嘩もするが仲良き夫婦
今のままこのままにしてややしばし時よ流れよひそかに願う