日記の部屋1963(3)/Diary1963(3)

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(2000/4/20掲載)1963(03)
年月日 曜日 日記本文
1963.2.25 Monday ◆今日はThe Symbol ofGovernmentと「戦争と平和」を一日中家にいて読んだ。
The Symbolの方は、10頁ほど読んだだけだけど辞書を丹念にひきながら読むのだから、わずか10頁とはいいながら、実をいえば相当に大変な仕事なのだ。内容は非常に面白くて法を学ぶ者にとってはいろんな意味で有益だ。毎日欠かさず読んでいくことにしよう。

◆「戦争と平和」の方は、第3部を読んだ。ここには数々の美しい場面が出てくる。映画で見たときもとっても素晴らしいと思った月夜の場面と、ナターシャが初めて大舞踏会に出る場面、それにアンドレイがナターシャに求婚するところなど。トルストイの素晴らしい描写力には圧倒される。愛らしいナターシャのやさしい息づかいさえ感じられるような上の三つの場面など特に感心しながら読んだ。
 男性である以上これではナターシャを愛せずにはいられない。本当に抱きしめてやりたい思いがする。乙女の微妙な心理の動きをその心の隠されたヒダにまで入って浮き彫りにする、その優れたトルストイの文章に感服しながら、ナターシャの喜びと悲しみに僕までが一喜一憂してしまう。僕もこれくらい素晴らしい描写ができたらと思う。この前のKatchinとの初めてのデートの夜を、彼女の息づかいを感じさせるぐらいにうまく描き出したいものだ。トルストイの方があの夜の彼女の心理の動きを僕以上にはっきりとこの書物の中に描き出しているような気さえ抱きながら、この非常に美しく生彩にとんだ第二編第三部を読了したのである。

◆女の人はムードに弱い。
とかよく言いますね。
本当ですか?
もしそれが本当なら男性たるもの手紙一枚書くにしてもその手紙のムードに大いに気を遣うべきでしょうね。
 そう考えて、この手紙をいったいいかなるムードで統一すべきか、と今思案しているところです。
 甘いチョコレートのようなムードはどうだろう。新国劇みたいな深刻なのがいいかな、それともチャップリンのごとく、笑いの中にもペーソスをにじませて・・・いやいや抱腹絶倒のコミカルなムードの方が・・・
と、ここまで考えてきてしまった!と思いました。なぜなら、それがたとえ意識的にかもし出せるものだとしても、その舞台裏までこうもあけっぴろに見せてしまってはムードどころの話じゃないからです。
 全く最初から、自らムードをこわすような話ばかりやっている始末ですから、これではムードに弱い(?)女の人の弱点につけこむような素質が欠けていると認めざるを得ないようです。
 僕らの最初のデートの夜、新宿のLa Bonneでもどうやら自分勝手のことばかり長々と話しちゃってあなたには<厳しい>とか<こわい>とか厳しく批判されてしまったようですけど、あんな場所ではもっとロマンテックな話をすべきだったかなと後から反省した次第です。
 それはそれとしても、確かにムードというものは何につけても非常に大切なものだと言えると思うのです。とうのは、この手紙にしても最初からすごく生真面目に書き始めたとしたら、突然、お腹をよじるような変てこなことも書き出せないことでしょうし、また人と人とのつき合いにしてもある一つのムードが出来てしまってからは、そのムードから外れたようなことはなかなか、その中に持ち込めないと思うからです。
 そこで僕らの間のムードはどんなものだろうと考えてみました。
 もしムードというものがあるとしたら、それはあなたにとって楽しいものでしょうか。
 ムードが全然ないとは言えないまでも僕らのムードがまだまだ形成されつつあるということは言えると思います。だからできるだけそのムードを楽しいものにしたいと思うのです。
 何でも気軽に話し合えるような。
 僕はあの夜僕についていろんなことを大いに話しまくったようですけど、それも何でも気軽に話し合えるようになったらどんなに素敵だろうと思うからに他なりません。
 あなたもろいろと自分のことを話してくれた。僕はとっても嬉しく思いました。
 人間ー少なくとも僕という人間ーは、自分という存在を誰かにより深く理解してもらいたいという欲求を持った存在だと思うのです。理解があればこそ心の交流も生まれてくるんだと思います。
 いつだったかあなたが僕のことを「お兄さんのようだ」と言ってくれた。あなたはそんなことを言ったかしら、と思い内心つまらないことを言ってしまったな、と今となっては思うかも知れないけれど、僕はあなたがそう言ってくれた時、とっても嬉しかったことを覚えている。そして今もそう思ってくれたらどんなにか嬉しかろうと思う。ーその言葉の中に頼りがいのある兄貴、いろんなことの相談相手になってくれる兄貴、の意味が少しでも込められているかぎりにおいて。
 他の人から信頼されること。これほど素晴らしいことはこの世にもそうざらにないと思うのです。それに信頼ほど成長しにくくまた壊れやすいものもないと思うのです。それはレンガ積みのように一つ一つ積み上げていかなければならず、ちょっとした風のいたずらによってさえも、根底からひっくり返ってしまいかねない不安定なものなのです。
 シラーの戯曲をお読みになったことがありますか。
 そこにはお互いに愛し合い尊敬し合っていながらもただ相手を信頼できなかったばかりに悲劇に終わらざるをえなかった様々の人間関係が巧みに描かれています。
 信頼は強要できるものではなく、春の若菜のように弱々しく生いたってくる。我々はそれを細心の注意を払いながら育んでいかなければならないと思うのです。もしそれが間違った土壌に生えてきたものでないかぎりあなたが、この僕に自分のことについて色々のことを(もっともほんの僅かのようですが)話してくれるとき、僕がとってもうれしいなと思うのは、あなたが僕のことを少しは信頼してくれているのだなと思うからです。僕はそのあなたの信頼を大切にしていきたいと思っています。
 この手紙少々しんみりしてきたようですが、今日はそのしんみりムードでこのまま続けていきましょうか。反対?
 生きることってずいぶん厳しいことですね、とあなたは言いましたね。昨年の12月死のうと思った。とも。
 その言葉を聞いて僕はすごく厳粛な気持ちになり強く胸を打たれたのです。
 あなたの小さな胸をいったいどんな悩みが苛んだんだろう。この僕に何か力になってやれることはないだろうか。あなたみたいな可愛いらしい存在がこの世から消えていくなんてこの僕には耐えられないことだ、と思いました。
 でも、あの夜のあなたはそれほど悲しいそうでもなかったし、「時間という万能薬が癒してくれるものだ」と僕が言った時、「そうね」と相槌を打っていたから、時間がその万能薬の効き目を少しずつ現しだしたのではないかと少しは安心したのです。
 それに今度はスキーに行くという、大いに無邪気に楽しんできて欲しいものです。
 大学での一年、色々と豊富な経験をしたことでしょう。それで自分でも驚くほどに一年前と比べれば成長したことに気付くことでしょう。
 「経験しないで済むなら経験しないで済ました方がいいものが沢山あるわ」とあなたがいう時、その言葉の裏にあなたの実感があったから僕はハッと息を飲んだのです。でも、確かに人間というものはまた<痛手によりて強くなる>ものでもあると思うです。一年前、僕があまりあなたのことを知らなかったからかも知れませんが、一年前のあなたと今のあなたを比べれば相当に生きることに強くなったという感じがします。
 さてさて手紙が長くなりすぎては、YMCAの会員権を送るのが目的とは言えなくなりそうです。
 いかがでしたか。21日のデート。ご感想をうかがいたいものです。
 僕の感じは?ですって。
 フムフム。何と申しましょうか。あなたのことをすごく可愛いなと思いました。こんあ表現を使うと、子供扱いは嫌、と言われそうですけど、これが僕の実感なのですから仕方がありません。特に少し口をとがらせて、全然子供扱いですもの>とお父さんやお母さんを非難するような時、何とも言えないくらいcuteな感じがしました。それになかなか踊りもお上手だし。そうそう可愛いと思ったのはあなたの瞳が愛くるしいからに違いありません。
 あなたが僕のことをお兄さんみたいに信頼してくれて僕があなたを妹のように気軽にKatchin(カッチン)とでも呼べるようになったら素敵だなとは思うのですけど、一年たってようやくdateを一回やったような状態ではなかなかそんな状態にはなれそうにありませんね。
 そんなことはともかくこの前のdateは僕にとってはすごく楽しいものでしたのであなたにお礼をいわなければなりません。  Thank you.
お父さんも退院されたと聞いて安心しました。今度はあなたが脚の骨をおらないように気を付ける番です。ご両親にとっては目に入れても痛くないあなたが、脚の骨でも折って帰ってくるようなことになったとしたら、それこそ大変でしょう。
 手紙の方は時間制限がないことを良いことにして随分と長話になってしまったようですが、今夜はここらでペンを置くことにしましょう。あなたの方針がお返事は絶対に書かないというのでしたら無理にまでお返事を下さいとは申しませんけれど、このあいだも言ったように、下宿で独りぼっちで毎晩寂しい思いをしている男の子とを少しは思いやって、スキー場からでも、スキーの初滑りで何回尻餅をついたとか、すごく素敵な男性がコーチをしてくれるの、とか絵はがきでもいただけたらとは思うのですが、どんなものでしょう。
 心ゆくまでスキーを楽しんできて、帰ったら、この未経験者を大いにうらやましがらせて欲しいものです。 お元気で。
2月25日夜    阿部 毅一郎
2月26日2:30AM
上はKatchin宛の手紙を写したもの(便箋7枚)
oto
 

1963.3.2 Saturday ◆ 今年ももう3月となった。春らしさが至る所に見られる。もうオーバーを着て歩くのが、なんだか野暮ったい感じさえする。布団を干してもふくらみ方が違うようだ。冬の間は少しでも日陰になるとすぐ冷めていたものが昨日取り込もうとして行ってみるとまだぽかぽかと暖かい。ふっくらとふくらんでいる。とはいえ、まだまだ朝晩は相当に寒い。今日は午前1時過ぎに起き出したけれど、足がかじかむような寒さがある。太股のあたりがジンジンする。
 今午前6時近い。すでにしののめの空はかなり明るい。夜明けの時間も相当に早くなった。ほんのしばらく前までは今頃でも明けの明星が輝いていたような気がする。そういえば、3月21日はもう春分の日だ。この日で昼と夜の長さが入れ替わるのだ。とすれば6時にこのくらい明るくなくっちゃ間に合うまい。今6時の時報が鳴った。ニュースをラジオが伝えている。それ以外今朝は不思議なくらい静かである。
 今まで昨日買った「囲碁」3月号を見ていた。読み出すと止められずもうほとんど読んでしまった。この熱意で勉強できればいいものだが、そうはうまくいかない。昨日図書館からバルザックの「谷間の百合」を借りてきて今日中に読み終える予定であったものがついつい碁の本に夢中になってしまいもう夜明けとなってしまった。
 今日は3月2日である。K.Sの学校のDancePartyがある。松本、笠間、伊沢の三君と共に行くことにしている。大いに楽しんで来ようと思う。
 遠くに列車の走る音がする。
1963.3.4 Monday ◆「谷間の百合」を今読み終えた。
 読んでいくうちに涙が溢れてきて仕方がなかった。机の上に立てかけてある鏡をとうとう畳の上に投げ出してしまった。自分の泣いている顔を見るのが何とも言えず恥ずかしかったからだ。
 全巻読み終えて僕は初めてバルザックという作家のたぐいまれなる力量を完全に思い知らされような気持ちだ。最初はその人間把握がなんだか一面的ではないかという感じがあった。文章の美しさやその感情描出の繊細さには溜息もつき心躍るものがあったけれどやはりなんだか上に述べたような感じはおおいがたいものがあった。
 ところが今こうして全巻を読み終えてみると改めてこの作者の心憎いまでの小説作法のうまさに気づくのだ。
 アンリネットの死期を境にしてたちまち一編を盛り上げ、モルソーフ夫人の第二の手紙によって作者は僕の抱いていた先の疑念を鮮やかに解きほぐしてくれるのだ。「人間」に対する作者の透徹した眼は一世紀を経た今日いささかの新鮮さも失うことなく僕をして惜しみない賛嘆の言葉を叫ばしめずにはおかないのだ。バルザックという作家とのこれが僕にとって最初の出会いであり、彼が「人間悲劇」の作者としてその巨人性を恣にしている所以を容易に理解せしめるにたる「谷間の百合」であった。
 アンリネットのために僕は泣いたのだ。なぜならアンリネットはまさしく生身の人間であり、僕が憧れるすべての要素を持っていたから。ナタリーの手紙の辛辣さも私にはよく理解できた。そこにも作者の深さを思い知らされた次第である。
 私は文学の偉大さに今謙虚に頭を下げなければならない。
 本当に一語一語に、一句一句に胸をわなわなとふるわせながら、涙を流して読んだのだ。ああ、これほどの感激をこのごろ味わったことがあったろうか。もう胸が張り裂けんばかりで止めどもなく流れ出る涙にひっきりなしに鼻をかまなければならない始末だった。涙で目がかすみその先をどんなにか早く読もうと思っても思うにまかぜず、高ぶりすぎた神経のためにその文字さえ容易に理解できないほどだった。時折、あまりの悲しさにわなわなと心が震え両眼を左手で押さえて読むのをしばらく中止せねばならなかった。
 アンリネットのような女性ならどうして愛さずにいられよう。36歳の若さで死んでいった彼女のためにどうして涙を流さずにいられよう。墓の中からフェリックスに語りかけるあの切々たる言葉にどうして真実の人間の姿を見出さずにおれよう。そしてその真実の人間の姿に炎のような激しい共感を覚え、その人の嘗めた苦しみと悲しみのためにしばし読むのを止めてその激しい心の高まりを抑えようと努めずにおられよう。流れ出た涙が頬を伝わって私の唇の間に落ち込むのをすすってみた。ちょっぴり塩辛かった。そしてまざまざとアンリネットの涙をすすったフェリックスの感激を胸に抱くことが出来た。僕も愛する人の涙をすすってみたいと考えた。どんなにかそれは素晴らしいことだろう。
 ああ、この「谷間の百合」を読みながら私の神経のなかを縦横に走り巡るしびれるような快感を私はけっして忘れないであろう。私は密やかにアンリネットの耳元に「愛している」とささやきかけたい。
1963.3.5 Tuesday ◆全ての偉大なるものをして我が生涯を支配せしめよ。これを陶酔といわんや!これを恍惚といわんや!Beethovenの「第九」の白熱する歓喜に我が全存在は激しく揺さぶられ魂はたちまちにしてたぎれる血潮と化して体内に充満した。おお、偉大なるものよ!どうして心から敬わずにいられよう。御身の足下にひれ伏し、感涙をその御足に注ぎ、熱きくちびるもて汝の全身を覆わんや。
 NHK音楽祭第一夜「洋楽の夕べ」岩城宏之指揮の「第九」は正に圧巻であった。産経ホールをうずめた二千の聴衆の誰一人としてこれに勝る感激を味わったことがあったとは思えなかった。演奏が終わってからも拍手は長く鳴り止まずまるで海辺にうち寄せる波のごとく高まっては引き、引いては高まり、その波頭に指揮者の喜びの顔とソリストたちの輝くばかりの顔を何度となく持ちきたり持ち去ったのであった。
 ああ、人間が作り出しだものでこれ以上に荘厳なるものがまたとあろうか。疑いもなくこの夜の感激は人間の感覚の極限を示すもののように思われた。歓喜の嵐のなかで我々の魂は一羽の巨大な鷲となって、吹きまくる激風の中にも自由に羽ばたき、獅子のごとく咆哮し、雨と降り注ぐ歓喜を全身に浴びて銀色に輝き、鷹揚に身震いしては、歓喜の滴を四方八方にはね飛ばすのだった。もはや演奏者と観客の区別はなかった。まさしく会場全体が歓喜のルツボと化したのであった。
 巨大な一つの魂の贈り物に我々は熱い熱い抱擁をもって応えようとしているのだった。岩城の全身は激しく動きそのエネルギーのほとばしりは奏者の一人一人の胸に伝わり、灼熱の熱気がむらむらとたちこめるがごとき演奏が70分にわたり繰り広げられた。

 この曲の初演の日、聾のBeethovenが拍手喝采する聴衆を知らず肩をすぼめていつまでも聴衆に背を向けていなければならなかった情景を胸に浮かべて、なおひとしおの感激が湧いてくるのだった。
 おお偉大なるものと矮小なるもののこの奇妙な結合よ。一人一人の人間としてはいかにも矮小きわまりなく、日常些事がその心の大半を占める奏者が、かくして一堂に会し、conductorのタクトの下に一糸乱れぬ演奏を行うとき、そこに何と偉大なるものが生み出されることか。

 「第九」はエネルギーの昇華である。この嵐にも見まごう激しい巨大なエネルギーは一瞬にして矮小な人間を包み込み、彼をしてかつて感じたことのない崇高な歓喜の極みへと運び去るのである。

 大きい願いが充たされて、一人の友の友となったものは
 やさしい女の愛をかちえたものは
 いやーこの世に生まれて
 たった一人の心をでも
 自分のものと呼び得たものは 
 列に入って歓喜の声を上げろ
 そうでないものは隅に下がって
 指をくわえているがいるがいい。
 喜びよ、きみは美しい火花
 天のむすめ
 火のように酔ってわれわれは
 きみの神殿にふみのぼる

 ああ、今も耳朶にあの歓喜の頌の喜びにうちふるえた調べが聞こえてくる。調べといっては弱々しさを感じさせて不適切のようなあの堂々たる大合唱が聞こえてくる。私の心のときめきもまだ消えやらずにいる。偉大なるものよ、僕はお前の僕だ。僕を支配するがよい。今日巨人のいかずちのごとき歓喜の叫びは完全にこの僕の魂を串刺しにした。そして僕をして叫ばしめたのだ。
 全て偉大なるものをして我が生涯を支配せしめよ!
と。
 僕の目の前に偉大なる人々の群がうつる。彼らの山の音にも似た高らかな哄笑が鮮やかに耳に響き渡る。
 僕の生涯の支配権を彼らにだけは認めてよい。
Beethovenよ。Balzacよ。
 私の魂もまた彼らの偉大なる魂に包まれその滋養を十分にすい、この私自身もまた偉大なるものにたとえ一歩といえども近づかねばならぬ。

◆岸田国士訳「カサノヴァ回想録」(一)岩波文庫読了。
 
 

 

1963.3.10 Sunday ◆NHKの第一、第二の立体音楽堂で岩城宏之指揮のシベリウスの交響曲第二番をやっている。3月4日のBeethovenの「第九」の感激と、この岩城という指揮者とN響という楽団とは不可分になって私の心に快い感情を作り出すまでになっている。
◆今日も昨日同様朝から冬みたいに寒く雪が降っている。
 昨日は昼からみぞれになったが、そのみぞれの中でM.Wさんとdateした。新宿に出て、La Bonneで4時間近く何かと話し合った。彼女の印象は決して悪くない。彼女はおしゃべりのtypeの女性ではないから、どうも話の分量は僕の方が多くなり勝ちだったけれど、適度に言葉をはさみ、相槌を打ってくれ、熱心に耳を傾けて聞いてくれるので、おしゃべりそのものも楽しかった。
 例によって僕らしい真面目な話をやってしまったのだが、我々の年代にはまたそうした話も似合っているのだ。そしてこんな話をやれるということも一つの特権であり、職場にでも入り、人間がすれてくるにつれて思い出しては懐かしむことにもなりかねぬ「若さ」のほとばしりの一種でもあるのだろう。
 就職のこと、結婚のこと、文学のこと、映画のこと、旅行のこと(彼女は3月初旬友達4人と春の大島に遊んだ。3月7日に波浮港から絵はがきを送ってくれていた。そうした女性らしい心遣いは僕にとってとても嬉しいものだった。)、死について、将来のこと、etc.色んなことについて話し合った。
 彼女は今二十歳。しかし、顔立ちはすごく子供っぽい。その顔の線は何か幼い子供に観られるような丸みを帯びた柔らかい線で引かれていて、彼女を年齢以下に見させる。目鼻立ちがくっきりと鮮やかに描かれたというよりは、成長期にある顔と言ってよく、大人らしいはっきりとした線がまだ彼女の顔のどこにもないのだ。彼女は身体全体もほっそりとしているけれど、それに見合って顔自体もほっそりと小さい。幼い可愛らしさが彼女の顔の魅力となっている。
 その顔立ちに反してといっては語気が強すぎるけれど、その表面的な弱々しさとか消極性にもかかわらず、なかなかと積極的な生き方をしている。学校に通っているときにも、週に二回のお稽古ごと、家庭教師、タイプ練習を欠かさない。それにwondervogelの一員として活躍している。この春休みはそのcircleの部誌を作るいわば責任者となって、昨日も広告取りに回ってきたのだそうだ。11日から農林省関係のarveitに週5日は通う。4月3日から比叡山のcampに行く。見上げたものだと言わざるを得ない。
 しかもいかにもつつましやかな彼女の小さな口からこれらが語られるとき、この僕にしても出来なかったような積極的な生き方を、この一見弱々しささえ感じさせる女性がやっているということに今更ながら驚かされるのだ。それが何のおごりも、てらいもなく淡々と語られるだけに賛嘆の気持ちが一層募るのだ。
 結婚の話をしながら彼女の顔は一種の赤みを帯びた。恥じらいと話し相手に対する漠然とした期待がその顔には読みとれた。愛情について、真実の愛とは。結婚についての非常に大きな不安。幸福とは。
 夜八時きっかり、彼女を荻窪駅まで送っていって別れた。「ではまたいつか」
(「谷間の百合」に感激した話をしたら、彼女は是非読んでみると言った。)

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