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チビクロの冒険(小説)
黒い子犬「チビクロ」が、大活躍します。小学生から大人までお愉しみいただけます。
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目次
1.ポーランドへ=1 2 3 4
2.アンナ=5 6
3.キジ猫=7
4.いたずらな子供たち 8
5.ボイテック一家 9
6.日本大使館10 11
7.タクシー 12
8.肉屋(工事中)

タ ク シ ―
12

 ご主人の話によると、昨日新居に落ちついたので、家族揃って大使館へ在留届けを出しに来たところだったのです。そこにちょうど僕とタトゥ―シュ一 家が来合せたというわけです。なんという偶然、僕にとってはなんという幸運でしょう。

 髭の日本人が在留届けの係りの人だったので在留届けも簡単に済みました。ご主人は、タトゥ―シュ一家に何度もお礼を言って、僕を引取りま した。もちろん、僕もタトゥ―シュ一家に何度もお礼を言いました。タトゥ―シュもマ―トカも僕との別れを惜しみ、遊びに来るように何度も念をおしました。 ボイテックは 、

「つまんないの」

と半分むくれていました。

 大使館からは、無線のタクシ―を呼んで家へ帰ることになりました。さんざん待たされたあげくやって来たのは、丸っこくてぼてぼてした感じ のとても旧式の車でした。こんなオンボロ車には、東京ではお目にかかったことがありません。でも運転手は、丸いくしゃくしゃした顔のとても親切そうなおじ さんでした。タトゥ―シュがポ―ランド語で行先を何度も運転手に念をおしてくれました。

 盛んに手を振ってくれるタトゥ―シュ一家を後に、車は走りだしましたが、ガ タガタ、ギシギシ盛んに音がします。耳をすますと 、

「アア ヤンナッチャウナ  

アア ヤンナッチャウナ  

オイラハ トシヨリ  オンボロ グルマ  

今日モ 朝カラ走リッパナシ  

タマニャ ユックリ 昼寝ガシタイ  

アア クタビレタ クタビレタ」

 車が鼻歌を歌っているのです。

 ご主人一家が乗っている車がくたびれて居眠りでもした日には大変です。運転手が居眠りしても事故になるというのに、走っている車が居眠り したらどうなるというのでしょう。僕は後肢で、車のお腹のあたりを少しひっかいて、いいました。

「車のオジサン、変な歌を歌うのはよして、真面目に走って下さいよ。事故になったら大変じゃないですか」

 すると歌の調子ががらりと変って

「何ヲ オッシャル チビイヌサン  

コレデモ ワッシハ 四十年  

鼻歌 ウタッテ ヒタバシリ   

無事故デ 元気ニヤッテキタ  

歌エバ 心ガ 浮キダッテ  

走ル元気ガ ワクノダヨ」

 僕は、なるほどと思いました。黙ってぶすっとしているよりは、鼻歌でも歌っている方がよほど元気が湧いて長生きも出来るというものでしょ う。僕もついタクシ―の調子に吊られて歌いだしてしまいました。

「ナルホド ヨ―ク ワカッタヨ  

ボクモ 歌ナラ 大好キサ  

イッショニ 歌オウ ワンワンワン」

「チビクロ 何を唸ったり、タクシ―の床を引掻いたりしてんのよ」

 ミコちゃんが不思議そうな顔をして尋ねました。僕は、どうも調子に乗りすぎる癖があるようです。僕が急に黙り込むとタクシ―の方から話掛 けてきました。

「オチビノイヌクン キミノナハ 

 チビクロサンッテ イウノカイ  

ドウシテ キュウニ ダマリコム  

ドウシテ イッショニ ウタワナイ?」

 このタクシ―ときたら、何でも歌にしてしまうらしいのです。僕は仕方がないので小さな声でいいました。

「今はちょっと大きな声が出せないんだよ。よかったら、得意な歌を歌って聞かせてくれませんか」

「ソウカイ ソレジャ イキマショウ」

 タクシ―は 咳払いをひとつすると歌い始めました。

「ワッシハ ワルシャワデ 一番  

古イトイワレル タクシ―   

ワルシャワガ 戦争デ 灰ニ   

ナル前カラ 走ッテル                                       

アル時市街戦にマキコマレ   

鉄砲ノ弾ガオナカニ五発  

ミゴト命中 死ヌ思イ   

ソレデモ メゲズニ ヒタスラ 走リ  

オ客助ケテゴホウビ タント」

「それ本当のこと?」

僕は、こっそり聞きました。

「ソウダヨ モチロン ホントノコトサ」

 タクシ―は、急に真面目そうな声で歌い始めました。

「コノアタリデモ 戦争ノトキニハ

 ズイブン 大勢ノ人タチガ死ンダ

 今デハ 建物モ並木モ  

見違エルホド 立派ニナリ

 人々ハ シアワセソウニ歩イテイルケド                                                       

ホラ ゴランヨ アノ建物ヲ  

入口ノトコロニ 小サナ  祭壇ガアッテ

 美シイ花ト小サナロウソクガ ソナエテアル

 アソコデモ 罪モナイ五十人モノ人ガ  

ドイツ軍ニ ハムカッタコトヘノ  

見セシメノタメニ  

一人一人 鉄砲デ射殺サレタ

 ダカラ 今デモ アアシテ   

ワルシャワノ人タチハ  花ヲソナエ  

殺サレタ人タチノタメニ

 イノリヲササゲテイルノサ

 コノマチニハ  ソンナトコロガ  

数エキレナイホドアル

 ゴラン アノ角ヲ曲ガッタトコロニモ  

マタ別ノ祭壇ガアリ  

小サナロウソクガ揺レ  

美シイ花花ガソナエラレテイルノヲ」

 タクシ―自身も、亡くなった人々の霊を慰めるかのように、静かなしんみりした調子でそこまで歌い終わった時、エンジンの音もパッタリと止 み、車もすうっと止まってしまいました。

 運転手はあわてて、あちこちの計器を回したり引張ったりしましたが、エンジンは時折、グスングスンと音を立てるだけで、なかなか始動しま せん。

「どうも、またエンジンがいかれちゃったみたいだな、これじぁ修理に二、三日かかりそうだ。よわっちゃったな」

 運転手はひとりごとを言うと客席を振りむいて言いました。

「お客さん、申し訳ないが、エンジンの故障です。ここで降りていただけませんか」

 ご主人も、先ほどからの様子で、運転手が何をしているか、すぐ合点がいったらしく、

「それじゃ、ここから家まで近いようだから、幸いここに地図もあることだし、歩いて帰ることにしよう」

とタクシ―代を払って先に降りました。僕が降りようとすると、タクシ―が

「アバヨ サヨナラ チビクロ君  

ワカイツモリデ 走ッテイテモ  

ワッシモ ドウヤラ ジュミョウノヨウダ  

オソラク 二度トハ アエマイガ  

君ハ 元気デ ガンバリナ」

「タクシ―さんも、元気だしなよ。そんな弱気なことはいわないて大好きな鼻歌でも歌うんだよ」

 僕はしおれ切ったタクシ―のおじさんを一生懸命励ましました。

「ワカッタ、ワカッタ」

とうなづくタクシ―を後にして、僕は、ご主人に引かれて歩き始めましたが、その後ろから、タクシ―の歌う歌が聞こえてきました。

「アバヨ サヨナラ チビクロ君  

ハゲマシテクレテ アリガトウ

 ヨルトシナミニャ カテナイガ  

セイゼイハシルサ コンカギリ」
 
 

  (続く)
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