| 年月日 |
曜日 |
日記本文 |
| 1957.11.1 |
Friday |
1957.11.1
明日が遠足だという。田代原(たしろばる)には、いもりがいた。遠いのはあまり良くないが、やはりなにか心に残る行事があることは、もう卒業する身には嬉しい。
大いに楽しみ給え。 |
| 1957.11.2 |
Saturday |
1957.11.2
思いつきばかり良くて計画も、実もない遠足だったと言えよう。まさしく、歩くだけのバカげた遠足で、足を痛くするのがその最大の目的だったがごとくである。
◆人間何と複雑な頭脳を持ち、何と単純に生活しているのか。彼らが生活するとき、その頭脳のはたして何分の一が使われていると言えよう。きりきりと小さく廻っているのみで、彼らには、頭脳の必要でないものがあまりにも多い。 |
| 1957.11.3 |
Sunday |
1957.11.3
ソ連の第二号人工衛星が新しく月の仲間入りした。またも秘密裏に行われたため、大方の度肝を抜いたし、観測陣の不評を買っている。重さ54キログラムというのだから、さすがに強気のアイゼンハウワーも「単に物体を900キロメートルの上に打ち上げ、それが地球を廻るだけの意味しかない。アメリカもやればやれる」なぞと第一号の時のように鼻息を無意味に強めたりはするまい。
最高高度1700キロメートル、一時間四十分近くで地球を一周する。しかも愛嬌があるのは、世界最初の人工衛星員となったエスキモー犬が、無事に我々の上空に暮らしていると言うことだ。犬には地球に戻ることのできる装置がつけてあると言うことだから、生還の折りにはその栄誉たるや、忠犬ハチ公の比ではあるまい。
これで月世界旅行の可能性が一つ増えたわけだ。
第二号は革命記念日に打ち上げられると発表されていたから、実験中にたまたま成功したと見られるが、あまりに無意味な日本の文化の日のお祝いとしたら、日本文化が恥を知ろう。 |
| 1957.11.4 |
Monday |
1957.11.4
外は雨である。
今日は月曜日。午前三時。
◆他人に対する愛慕の情ほど激しく、移ろいやすいものはあるまい。昔愛した人の顔を今は無関心に見過ごすことができる。
永遠に変わらぬ愛情というものも存在することはするだろうが、一番最初の愛の目覚めから変わらぬものとなることは私には考えられない。
少なくとも、恋愛の愛の前に、幼心にも愛はすでに、---たとえ異性間の愛と限っても、---単純にはせよ存在していることは確かである。しかし、男性において、恋愛までの愛というものは単なる片想い的なものでしかない。「彼女」と心に思っている女性もまた彼にほのぼのとしたものを感じているにせよ、そこに言葉のやりとりは成立しない。そして、比較的初期においては、母への愛の発展上に、目上の者への愛があるというのは私においては、青年心理学の説くところと一致するようである。
やがて、正常化して、自分と同年輩の者への愛へと変わるのであるが、その場合、多くの愛人が考えられる場合が多い。「あの人も悪くない、この人も・・・」と言った具合に。
しかし、その中でも、この人ならと思う最愛の彼女が他より少し抜きんでていることはある。そして、彼女の優れた特質、たとえば歌がうまいといったようなことが、単純な夫婦生活の大部分を占めることがある。まま、この片想いの彼女には同年輩といっても、目上、同年、目下とあらゆる、自分の周りの理想的な女性が連ねられるのが常である。必ずしも、目下の結婚条件に適っていないのも、興味深い。
そうこうする間に、やがて、変転しながらも、ある独りの彼女を痛烈に思い慕う時がやってくる。しかし、そこにも結婚を前提した選択はまだ見られない。男性が社会的な結婚適齢期になるには、その時より十年も後の事であるから。
そこで私が憂えるのは、ただいま、こうも熱烈に恋いこがれた彼女への慕情が、その十年の後には、彼女と会っても、無関心さしか示さないように本当になってしまうものであるかと言うことである。 |
| 1957.11.5 |
Tuesday |
1957.11.5
何をくよくよ川端柳でもないが、人間というものはくよくよすべき時と、くよくよすべかざる時とをよくあべこべに行動する。馬鹿げたくよくよもあれば、深刻な、陽気さもあるものだ。人間といったが私といったほうがよかろう。どだい他人についてはあんまり知らぬ人間だから。
私の天性の陽気さというものは、相当の精神修養がない限り、使い物にもならぬらしいから、一踏ん張りして、これこそ精神修養とばかり、学校の授業中に、まっすぐ背を伸ばして本に注目してみるのだが、すぐにも要らぬ口を利きたくなる。おかしなものだ。哀れなものだ。
多分に後者のつぶやきに実感があるのも、真に今私が哀れだからである。 |
| 1957.11.6 |
Wednesday |
1957.11.6
目新しさというものは人間にとって常に必要である。
私は次々と新しい書物を、前のを読み終わらぬ前に買う癖があるが、人間の目新しさを求める所以であると言えば、穏やかな説明となりそうだ。少なくとも買ってから四五日間は絶えず利用に心がけるから、古いのを目の前において眺めているだけよりは進歩が早かろう。もっとも、不経済な話だが。
目新しさを求めるというのは、言い換えれば何らかの刺激を欲することだ。ソ連の人工衛星は確かにその点、刺激的であったし、浜村美智子のキツネの眼にしても大いに刺激的であった。
こういうことが受け入れられるというのは人間の目新しさを欲する所以に他ならない。 |
| 1957.11.7 |
Thursday |
1957.11.7
(月蝕)
自然が宇宙を舞台に繰り広げた月蝕の手品も幕が今にも降りそうにしている(午前一時五分)。
雲一つない洋々たる大空に輝く月は、いったい何に例えれば良かろう。月のごとき月とでも言うべきか。
見つめていると、なぜか遠のいていくような感じがして、自分が空に吸い寄せられるような気持ちがしてくる。あまりにも鮮やかなその純なる色調は、威厳があり、冷たく、厳しい。冷え切った張りつめたような、それでいて湿り気のあるような夜の秋の空気の中に、しっくりと落ち着いて一分の隙も感じられない。
今この美しい月光の下に、多くの歴史のさざ波に美しくきらめいた、この永遠の光の中で、ささやかな憩いを多くの人々がとっている。
人々の夢やいかに。月は今や完全に円い。 |
| 1957.11.8 |
Friday |
1957.11.8(立冬)
あらゆるものに存在の価値を認めなければならない。
事実あらゆるものが存在の価値を持っている。
今日、新しく出た参考書がいかにすばらしくとも、昨日買った問題集は無意味になることはない。その問題集がいかに薄っぺらで、その参考書に比較にならぬほど質が悪くても私はあえてその参考書を購入しない。少なくともその問題集の存在価値は私によって認められ私の内にその価値を持っているのであるから。
しかしながら、存在価値というものは質量とかエネルギーのように決して不滅の法則の下で動いているわけではない。だから正しく存在価値を導き出して認めることのない人にとっては、あらゆるものは価値なく、また、彼の存在価値を増すことはできない。
他のものに存在価値を認めることが、すなわちおのれ自信の存在価値の拡張となるのである。 |
| 1957.11.10 |
Sunday |
1957.11.10
自分ですでに認めている欠点を他人に指摘されると、不愉快に感じることが多い。
人には他人に大いに知ってもらいたい気持ちと、できるだけ知られずに自分だけのものにしておきたいという気持ちが、心の中に共存して、時に応じて衰長したり、あるいは五分五分に、気持ちを二分し合ったりしている。
すでに気づいている欠点というものは、少なくとも改良の方向へ向けられているか、できるだけ出さないように注意されているものだけに、その上の他人からの指摘は、明らかに、自分の措置の無効を意味し、精神的な引け目を更に強める以外の何ものでもないから、大方の反感を買うのであり、逆に公然と認められた欠点として当人のカバーしないところとなって、両者一両の損に留まらなくなるのである。
自分の優れた長所などは、人に知ってもらいたいもので、特に恋人などには大いに喧伝されて、その人の株を大いに上げるものである。結婚して初めて欠点を知ることも少なくなく、そのために色んな悲喜劇が生まれてくるのであるが、元はと言えば人間の自分を他人に良く見せたいという欲望からの産物である。
人によって他人行儀で接する人の限界は色々だが、大方の人々にとって配偶者はその点での他人扱いを受けぬものらしい。結婚後も双方が恋人の時のように振る舞えば欠点を初めて知られるというようなことは起こらぬはずのものなのだ。もとより、肉体上の欠点は預かり存ぜぬ所であるが。
それにしても、結婚した以上、他人の欠点を許容できる寛容さを持たないとというのは愛情そのものに欠点があるのであろう。
結婚した挙げ句に、妻が無毛症だと知って、離婚した話もあるが、こういった欠点の取り扱いは難しい。結婚する前に私はこれこれこうですと乙女には言えまいし、知られずに済まそうとしても無理な話だから。 |
| 1957.11.12 |
Tuesday |
1957.11.12
日本語ほど会話に向かない言葉はないような気がする。日本人ほど会話に無関心な民族はないように思われる。
少なくとも、六十歳を越す寿命を、大方の人々は、別に書くものと言えばたまさかの手紙ぐらいで、読み物といえば、たまに読むベストセラーぐらいで、後は全部言語生活と言えば会話に使っていながら会話が少しもうまくない。
言葉数の少ないのを賢人と言った恩沢にあやかろうとしたわけででもあろうか。自然会話を重視しない風が一般となってしまった。
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| 1957.11.13 |
Wednesday |
1957.11.13
◆望みが非常に高いことと、無謀なのはある程度一致する。
◆大方の男性にとって、女性に対する愛は、女性の肉体を愛することによってその大部分を占められる。
◆泣くことは笑うことの反対を意味しない。泣くことは消極的であると同時に積極的でもある。
◆我々は自然を見ていない。自然の表面を見ている。 |
| 1957.11.15 |
Friday |
1957.11.15
美しい顔、整った顔、他人に誇れる顔、を持つ男は幸せである。
行きずりに見合わせて顔と顔は、相手の美しき顔に見とれ、たじろぎ、下を見る。
女の顔を平気でまっすぐ見つめることのできる男の顔は良い。ただ顔の顔が厚いためばかりでなくて。 |
| 1957.11.16 |
Saturday |
1957.11.16
過去のあまりにも楽しい甘美な思い出は、現在の心境に悲しみのため息を漏らさせる。
現在は我々にとって思い出になるべく存在しながらも、過去の日の美しさの凝集せる追憶の前には、あまりにもはかない感激でしかあり得ない。しかもまた今日の現実は未来のある日に、上の日の夢幻なる姿をもって現れないと誰が予測できよう。
我々の生はこの一瞬においてのみ存在するのであるが、我々の心は時間の無限の深みをその奥に宿している。だから、我々は過去においてのみ生きることも可能である。未来においてのみ生きることも可能である。しかし、真実の生は現在にしかあり得ない。
過去に生きる人の心も、未来に生きる人の心も、現在の栄養で生きているのであり、過去は現在によって生産され、未来は現在によって消費されるものでしかない、動的な働き一切を持たないものなのだ。
現在の枯渇は過去と未来の死を意味する。
我々が過去の美しい思い出に酔い、未来の望みに杯を傾けるとき、我々は生きていない。我々は確かに自らの生を放棄したときにのみ現在を離れることができる。
現在がいかにつれないものであっても、生きるためには我々はしっかりと現在の上に根を下ろした生活態度をとる必要がある。たとえ過去に生きることができるにしても、現在に生きずにはすぐにも過去は死してしまうであろう。同じ思い出を繰り返して、ただ懐旧の念のみにふけるにも限度があり、やがてはその思い出は陳腐と化し、それが本質であるように単なる死せる化石となろう。 |
| 年月日 |
曜日 |
日記本文 |
| 1957.11.17 |
Sunday |
1957.11.17
中島光恵さんから第七信。
◆私は私自身の名前を私より下手に書く者をついぞ見ない。
精一杯立派に阿部毅一郎と書くのだがどうもうまくいかない。
私の毅の字が難しいと言っていちいち教わりながら書く者でさえも、できた字は私の書く字より上の段なのだから嫌になる。
どうにかして天下一品の字を書けるようになりたいものである。天下に一品しかない私自身の名前なのであるから。
早速稽古始め。
阿部毅一郎。阿部毅一郎。阿部毅一郎。・・・・
ヤハリ、マズイナ |
| 1957.11.18 |
Monday |
1957.11.18
◆私が思うとおりいかないと思うときは二つの両極端においてである。私の怠惰が原因である場合と、私の欲張りすぎた計画が原因である時と。・・・ |
| 1957.11.19 |
Tuesday |
1957.11.19
◆安心して使用できることを高くで買うことは損にはならない。
◆日本ほど食事に無関心な国はないようだが、関心を持つにはあまりにも経済的に恵まれないからであろう。マナーも経済力の至らしめて結果だかは知らぬが、いやにこせこせとかぶりつくことよ。我が学校の二時間目と三時間目の休み時間に目的に完全に没頭しきった、姿としては麗しい光景をよく見かける。 |
| 1957.11.20 |
Wednesday |
1957.11.20
さあ、笑いましょう。身を震わせて。なぜにそんな悲しそうな顔をするのです。さあ一緒に、大声を上げて、空に笑いを吐き出しましょう。
そうですとも、今日は二十日です。十一月二十日です。それがどうかしたとでも言うのですか。どうもしないじゃありませんか。今日が終わればまた日が昇り、日が沈めばそれで十一月二十一日が終わるというだけのことでしかないではありませんか。人生は陽気に、いつも笑って過ごすべきものなのです。さあ腹の底から力一杯笑いましょう。
ええそうですとも、あなたにだって他の人にだって一日は二十四時間ですとも。それだからこそ笑うことをお勧めするのです。笑いは生命力の伸張です。一瞬を他人よりも長く生きるために、さあ笑いましょう。 |
| 1957.11.22 |
Friday |
1957.11.22
Family life,indeed! domestic peace and bliss! Give me, rather, the bachlor's
lonely hearth,
with a noiseless lamp and a book!
The misery of uncongenial retations is caused mainly by the irksome consciousness
that they are oblized to live together. "To think that there is so
much space upon the earth that where are so many houses,
so
many rooms,and yet that I am so unfortunate as to be compelled to live in
the same lodging with this uncivillised, ill-conditioned fellow! To think
that there are such vast areas of tranquil silence,and yet that I am compelled
to hear the voice of that scoldinga woman!"(P.G.Haprarton)
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| 1957.11.23 |
Saturday |
1957.11.23 勤労感謝の日
◆私は性善説を支持する。ここにいう性とはすなわちsexの性である。
◆あることについて考えねばならなくなる。考える。昔にも考えた問題であった事を思い出す。昔考えたことも思い出す。現在の思考の代わりに置き換えてそれを自分の考えとする。
こういうことはおこりやすい。そして現在においてはちぐはぐな考えを依然として自分の考えとしやすい。 |
| 1957.11.24 |
Sunday |
1957.11.24
腕時計購入。5,500円 5140803alizer
◆信念はあらゆる場合に大切である。信念ある極端は信念なき極端を排斥してさる。学者の専門は、骨董集め屋の専門に優に勝る。 |
| 1957.11.25 |
Monday |
1957.11.25
午前二時三十五分
童子の顔ほどに世の大人にとって、懐かしさと後ろめたさを覚えさせるものはあるまいと思う。
ほんとうにそこには一点の汚れもない。心のありのままの表情がある。その目は澄み、大きく見開かれており、その目はあまりに無欲である。それでいてあらゆる目よりもきっと鋭い。
そこには無欲のための空虚さのない充実した底がある。無知なる世の大人の目は、すでに前進する意欲に欠け、ただ大人の世界のみを見ているのに、彼らの瞳は、いつも前進する方向に見開かれており、あらゆる世界を、見ているのである。
あらゆる人が自分の帰らぬ幼なき時代を、きつくきつく抱きしめたい衝動に駆られるとき、そのあどけなき目は、その濁った目の中によみがえる。
我々の生命の懐かしいふるさとともいうべき、おさなごの無心な笑いこそ、世の中で一番涙を誘うものなのだ。 |
| 1957.11.29 |
Friday |
1957.11.29
午前十一時二十六分
二十六日から今日まで感冒のために布団の中で暮らした。
二十六日の放課後、例の模擬試験で、解析��の90分間をまったくの最悪のコンディションで苦闘した。もちろん流感に罹っているなどとはつゆ知らないから、終わってしまってからも頭に血が上りすぎたための頭痛なのだろう、かっかと火照るのだろうと軽い気持ちだった。試験は最大の弱点たる計算間違いを極力避けて、腹が絶えずガラガラ鳴るので大分気を遣ったが、精神力でなにくそとやり通した。
腹がガラガラいうのも思えば流感になりかかりのためだったからだろう。食欲が進まず、昼食を少ししか食べなかったせいらしい。結果はわからないがあれで計算間違いがなければかなりとれていよう(100点だった。12月7日)。
家に着いて、あまりに頭が火照るのでそれでは血を体の各部に送り戻してやりましょうと布団に寝て眠るつもりだが、頭の血管内に溢れるばかりの血があるのに眠れるはずはなく、やはり、頭は痛む。
体温計で熱を計ってみると三十九度C。おやと思うだけで血が下がれば、すぐにでも回復するものと思いこんでいたが、どうしてどうして熱は何度計っても三十九度C。ついに医者の登場とあいなって、「口を開けて」「うん、これは流感だ。」
だが、そのころ、頭痛の取れていた私は相当元気。「明日の試験の準備をする。「明日は熱が下がったら学校に行く「試験のある後四日だけ無理して行けないか」などと意気を見せれば老巧宮田医師、いちいち拒絶。
かくて高校生活始まって以来初の欠席とはあいなり、それも今日で、水、木、金の三日、明日は行きたくなくなってしまったので、行かぬ予定。
二日目に三十八度五分前後の熱が一日中あって腰が痛かったくらいで、すごく元気な病人で過ごした。調子が良かっただけに試験が受けられずに残念だった。
◆生きること、
余りに生きること---
・・・・この力の陶酔を、この生きることの喜悦を、自分のうちに----たとひ不幸のどん底にあらうとも---全く感じないものは、芸術家ではない。
----ジャン・クリストフ |
| 1957.11.30 |
Saturday |
1957.11.30
人は一日長く生きるためには、それだけより多くの矛盾に苦しまねばならぬ。一日長く生きることは、数十の矛盾を生じさせる。しかし、やがてそれら矛盾は時の対岸にうち捨てられ、風雨の中にそのままの姿を保ち続ける。
人はすべての矛盾を取り上げて、苦しむことはしない。一つの矛盾を取り上げて、悩むことをしない。ただ、それらの皮相をいい加減に見て、まるで失神するシーンの映画女優のように驚いては髪をかきむしる。その一つの矛盾を真正面から苦悩することは凡人にとって出来ることではない。矛盾と四つに組んだ真摯なる姿にはすでに凡人の姿は消えていよう。
わずか一つの矛盾が優に一つの人生を食う。
だからといって、矛盾を矛盾のままにただ時の流れの波間に流し放しにしておいていいものではない。私に存する矛盾を一つつかまえて、何とかものになる探求をやってみたいものである。
かく言うこの文の中にも今日の矛盾が生じている。
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