日記の部屋1963(12)/Diary1963(12)

(2000/4/16開設:since April 16,2000)
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(2000/6/4掲載)
年月日 曜日 日記本文
1963.8.12 Monday ◆ああ人間の中にひそむ卑属さよ。ぼくは軽蔑せずにはおられない。どうして人間はそれほど不用心なのだろうか。彼らが時折見せてしまうその卑俗さのため、ぼくの心が何日も悩まずにいられないことを知ってくれたら!常日頃の行いすました上品な顔つきが一体何だろう。その物腰がぼくにどんな真実を語ったというのだろう。その卑俗なたった一つの振る舞いがぼくにすべてを語ってくれるまで。ぼくはいぶかしむのだ。あの人がまさかこんな振る舞いをと。ぼくは眼を疑い、自分の心まで疑うのに、その人と来たら、どうだろう。自分の振る舞いに自らあきれて、それを取り繕うとするからますますいけない。ぼくはこんな哀れな道化師を正視するに耐えないのだ。ぼくのやさしい心がすぐさま、満面に微笑をたたえる。彼が安心して一幕の芝居を終われるように。
 それにしても、自らの道化に気づかぬ道化師ほど哀れを誘うものはない。彼はその厚化粧も、くっつけたおかしなゴム製の鼻も、取り去る術を知らないのだ。心の中にその姿を映してみる鏡を持たない彼らには、他人のあからさまな嘲笑のみが、唯一の警笛である。舞台に幕が降りようが、わら布団の中に潜り込もうが、彼は道化師を演じる。こんな道化師にぼくが与える微笑は、無関心のそれだ。ぼくは心の中の軽蔑をせめて無関心で覆い隠すのだ。
 今日たまたま見た道化師は前者の方だった。ぼくがその人の繊細な感じ方に、密度の濃い話しぶりに一重にも二重にも感心していた人だけにぼくの悩みは大きいのだ。あああの人がそのもとの日の晴れやかな姿を取り戻す日があるだろうか。あるとすれば何時の日に。それとも卑俗なものを憎まずにいられぬぼくの心を治療した方が早いのだろうか。(11:00p.m.)

◆ぼくにとって最高のものこそ目標でなければならぬ。ぼくが最も愛するものは最高のものだ。

◆【序文】23歳で時代遅れとならぬためにはぼくも相当あつかましくならなければならないようだ。今日日の流行が厚かましさとされ、厚かましくないものは人間扱いされぬ時世となっては、厚かしましさも消費とともに美徳の座に祭り上げられてしまった。ぼくはあいにくと戦後派で不幸にも修身なるものの講義を一時間も聴かずに教育されたものの一人なのだが、きっと親に感謝すべきなのであろう。不徳なものを忌み嫌うように育てられている。お陰で厚かましさが美徳の一つとなったとき、生来のもので名残惜しいが謙譲が不徳となった以上あっさりと擲って、新しい美徳で身を飾ろうと思い立ったのがあまりに日和見的だろうか。
 今日これを世に問う気になったのもぼくの美徳のちょっとした現れに過ぎない。この拙劣な文章と、貧弱なる構成で、よくもよくもと世の識者賢人はのたまわれることであろう。しかし、彼らこそ時代遅れを恥じるべきである。現代はかかる拙劣なるものこそまかり通る厚かましき時代なのである。この厚かましさ精神を賞賛することはあっても誹謗することなかれ。それとも世の識者賢者も、その巧みな処世術によってするりとこの流行の衣装をまとい、この著者を世に類い希なる天才と目しながら、厚かましくも雑言罵倒で報いようとされたのであろうか。それならば、ぼくにも話がわかる。それでこそ本当だ。流行遅れにはできるだけならぬがよい。闇米を食わぬと言って飢え死にしたってつまらないのではないか。バカンスブームに浮かれて海や山へと押し掛けないでいて、6畳の狭いアパートの一室でごろ寝していて一体人生に何の楽しみがあろう。物価が上昇しようと、給料は安かろうと、消費は美徳の掛け声にのって一発ボカンと使い果たしてしまう楽しみを知らないで何の楽しみがあるというのだろう。
 人生は短いのだ。どうして明日のことに思い煩うことがあろう。今日の人生こそを楽しむべきなのだ。楽しみ終わった後で明日は明日の風が吹くと呪文を唱えさえすればふたたびのしかかってこようとした哀しみもたちまち消し飛んでしまうに違いない。せっかくの処世訓をまさかの時に忘れては困る。備えあれば憂いなしなのだ。
 消費が美徳である時代においてはこれが意味することは昔とはずいぶん異なってきた。備えとはもはや物質的なものを全然意味しなくなった。それが純然たる物質的なものをいみしたのは少なくとも人間が物々交換を営んでいた頃までのことで逐次この備えから物質的な意味は失われてゆき、現代というこの画期的な時代においては、それはまったく非物質的なものを意味するに至ったといってよい。
 ここでこんな金言を引き合いに出したのは、人銘々どんな偶発事故に出合わないとも限らないのだから、豊かな故事来歴、金言箴言いずれにも通じておけという教訓を垂れたかったからである。
 急がば回れとはこの交通戦争時代に何と心憎い表現であろう。この言葉一つに導かれただけで、人には一日をどれほど有益に安全に快適に過ごせるようになりうるかを想像してみたまえ。
 長いものには巻かれろ。これこそ現代の最大の処世訓の一つである。このことば一つを肝に銘じておるだけで、冷蔵庫の中に一ヶ月分の食糧を蓄えておくよりは、何十倍も、まさかの時にも役に立つこと請け合いだ。偉くなるにしたがって、プライバシイが侵されるというのはどうも間違っているような気がしてならない。我々一般人なら容易に踏み込まれてしまいかねないような領域にも、彼らは、当局方捜査お断りの一筆書きで易々とプライバシイを守っているように見えるからだ。だから、そんな長い人に巻かれておれば、行く末まで安泰だということだ。その人のために、薄暗いところに4、5日でも行ってくればますますもって身の行く末はご安泰確実というのがどうも相場らしい。

 こうしたわけで、備えあれば憂いないとは良く言ったものだ。読者の中にはこの世で花を咲かせたいと思う人があったらコツコツと金を貯めることなどよしたほうが賢明である。年に6%も物価が上昇するのに金を貯めてみても無駄ではないか。銀行に預けたって年に6%の利子も付かない。貯めても貯めても、手に返ってくるときは価値が下がっているときたのでは馬鹿らしいではないか。まさにまず金言名句集で、おあつらえ向きにサラリーマン向けの本があるそうだから、それでも買ってきて、しこたま頭に詰め込んでみることだ。そうこうするうちに自ずと極意が会得でき、「急がば回れ」「長いものには巻かれろ」と適宜応変に使えるようになる。その時こそ、諸君は快哉を叫ばれるであろう。(続)
24:00:00

1963.8.13 Tuesday ◆昨日も暑かった。しかし、今日はそれ以上に暑かった。37.2℃。本年度の最高気温である。通産省の地下の食堂で食事をしていて驚いた。全身から汗が噴き出すのである。腕や顔には水玉が無数にできて、少々動かしてもしようものならスーと流れ出してしまう。ハンカチで汗を拭ったら、絞れば水(汗?)滴が出そうになった。
いや、本当に暑かった。

◆戸崎から久し振りの手紙が来た。彼らしくなかなか面白い手紙だが、文字は依然としてまずい。今彼は北見市にいる。囚人服のごときものを着て電気工事の実習などにも行くらしい。彼の下宿もなかなかいいらしくて、下宿ノイローゼはなくなり、「下宿屋は悪人なり」の格言を訂正したとある。新築六畳、ラジオを大きくかけても何も言われないとか。彼の面目躍如なのは、次の一句である。「娘で年頃なのが三人いるがウンシャンなので興味ありません」。

◆忠叔父さんと隆叔父さんとから暑中見舞いに対する返事が来た。しっかりと頑張って欲しいとある。

◆今日本を二冊買った。Erich Frommの「人間の勝利を求めて(May Man Prevail?)」と「現代の問題性」どちらも岩波版で前者は岩波現代叢書の一、後者は講座「現代」の第一巻である。

◆読書中の本
Pride and Prejudice chapter16
Spoken American English Lessen ��
ボヴァリー夫人
May Man Prevail?  chapter 1
現代の問題性
現代の戦争
The Symbol of Government chapter 4
Economics chapter 15

1963.8.17 Saturday ◆昨夜は37年38年入省者の合同コンパが赤坂の風月堂であった。総勢50人近くあつまったのであろう。盛大であった。小島さんが僕のことをまさに感激的に紹介して下さった。良き上司である。僕は半沢さんをつかまえて月給の方は約束のあった通り貰って安心していると言って半沢さんを喜ばせたのであるが、それ以上に感謝すべきことを言い忘れた。他でもない。鉱山保安局に配属して貰ったことである。上司小島さんはまったく真面目な人であるし、局全体がそれほど忙しくない。仕事はのんびりと覚えたいものである、との僕の行き方にもあっている。僕は何ごとであれ、あわてて詰め込むのは好きではない。ゆっくりと時間をかけて、間に合うものならそれがいいのである。
 とにかく昨夜のコンパは色んな意味で面白かった。終わってから久し振りに(実に二ヶ月近くぶりに)雀卓を囲んだ。+30でほとんど一人浮きになった。
 帰宅したら、零時を回っていた。M.Wさん、岩間さん、それに洋次郎から封書なり速達なりが来ていた。
 洋次郎は北海道へ行く途中、今夜東京で一泊する予定らしい。
 岩間さんにこの間電車の中でたまたま会ったとこはこの日記のどこかに記したような気がする。その折り、昨年の夏の野尻湖合宿の時の写真を送ってくれると約束していた。その写真を送ってくれたのだ。
 M.Wさんのはいかにも彼女らしい人柄のにじみ出た手紙だ。今寺院の閑静な一室で夏を送っている。彼女がその生活の模様を美しい筆致で描いて見せてくれている。彼女の清楚な人柄は、そうした田舎の風景と風俗の中に溶け合っているように見える。
1963.8.24 Saturday ◆またたく間に一週間過ぎ去った。この一週間が何だかけだるい陰鬱な風景の中に沈んでいるように見える。毎日毎日、だるい足を引きずるようにして、一歩一歩階段を登ったり降りたりすることの連続の中に消えていったような気さえする。前半はやや涼しい日もあったけれど、昨日、今日の暑さはどうだろう。やたらと喉が渇いて仕方がない。地下の売店までmilkやらjuiceやらを、フウフウ言いながら飲みに行く。ところで、引き返してきたときにはもう喉が渇いている始末だ。
 汗がベトベトと着物にまつわりつく。胃腸の調子がどうも重苦しい。ああこんな憂鬱な一日をどうしてこうも毎日繰り返さなければならないのだろう。ぐっすりと一日中思い切って手足を伸ばして休みたい。まさに一週間そんな気持ちで惰性に駆られてヨタヨタと今日土曜日までたどり着いた感じだ。とにかくも今日は土曜日、やはり何となく落ち着ける。夜に入って吹く風も涼しい。

ところで、さっきから、この一週間をあまりに灰色に描きすぎはしなかったかと心配していたのだが、それほどに陰鬱な週でもなかったのである。主なものだけをあげても、初めて泳いだこと、洋次郎が上京してきたこと、N.Sさんや小島さんと英会話の会を始めたこと、少なくともこの三つのBig  Newsがある。

 ところであいにく今日は役所に万年質を忘れてきたのであまり長く書く気がしないのである。いずれまた上のみっつのことに関してなにがしかのcommentをつけるチャンスを持ちたいものである。
 

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