目次
| 年月日 | 曜日 | 日記本文 |
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| 1963.9.17 | Tuesday | ◆出かける前の一時である。
日曜日には、吉村さんを案内して東京をあちこち歩き回った。約束の3時きっかりに日航の東京支店で落ち合い、それからすぐに新宿御苑に行った。 もしそこが東京における自然といえるのなら、秋の自然とは素晴らしいものだった。秋の日差しはこれ以上に素晴らしい照明はないと言って良いほどに見事な舞台効果を作り出していた。緑の芝生に木漏れ日が映えるそのトーンの柔らかさ、陰影のデリケートさは、やはり秋にしか見られぬものだった。 彼女の言葉を借りるまでもなくそれは素晴らしく見事なものだった。ポプラの並木、プラタナスの並木。彼女はその度に<素敵>と嘆声を挙げるのだ。そしてまさに柔らかい光に包まれ、しっくりと落ち着いたプラタナスの緑はその言葉にふさわしい美しさだった。 西洋庭園の並木道をゆっくりと二人して歩いた。 「こんな素敵なところへなら、毎日でも来たいわ」 広々と広がる芝生もまた目の覚めるようなグリーンで、日曜日のせいか若いカップルや、親子連れの姿が所狭しと言わんばかりに溢れていた。これだけは彼女も不満らしく、 「どこに行っても人が多いわねぇ」 とこぼした。 「誰もいないこの芝生の上に一人きりで寝ころんで何とはなしに一日を送れたら」 とぼくが言うと、彼女は強く肯定の意を示して、 「どんなに素敵でしょう」 と半ばその秋の柔らかい日差しの中で緑の芝生に寝ころがり、目を閉じて日光の優しい愛撫を全身に受けている自分を夢見るがごとき目をした。 一時間、ぼくらはこうして、秋の御苑の風情を楽しみながら、飽きることなく歩き続けたのだった。 |
| 1963.9.17 | Tuesday | ◆今日の昼三上さんから電話があって、「Y君が内定したのでこれから一緒に昼飯を食べよう」と誘いがあった。
イイノビルの9階の食堂に行き、三人でダベリながら食事をした。例によって例のごとく三上さんはニコニコしているし、Y君は脂ぎった大きな顔をしていた。いずれにしてもM会合唱団から毎年通産省への入省者を出していることはちょっと心強いことである。三上ー阿部ーYのラインが出来上がった。来年も誰かしら来たいと言っているそうである。 ◆岩波講座「現代」の第一巻「現代の問題性」を読みかけて、はや2週間になるがまだ読了できないでいる。大したボリュームの本である。あと「現代の意識」を残すのみだから、明日中には読み終えると思うけれど、ほんとうに一冊の本を読み通すことは骨の折れることである。
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| 1963.9.20 | Friday | ◆今日初めて大相撲を見に行った。大したことはない。テレビで見たってあまり変わらない。お土産を貰ったけれど、あそこまで行って貰ってくるほどのものではない。
◆映画「恐怖の報酬」
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| 1963.9.20 | Friday | ◆ぼくは心の中で待ちこがれている。ある日突然のその人の出現を。
ああその人はバラ色の頬をして肌は透き通るように白いだろう。長い黒髪は彼女の瓜実の柔らかい顔立ちにぴったりとして、爽やかな風がそこから舞い立つほどに輝いているだろう。ピチピチとしなやかな四肢はすっきりとして彼女の一挙一動をワルツのような優雅なリズムで包むことだろう。その瞳の麗しさに僕は溜息をつく。黒い瞳、黒いまつげ、僕を見つめるその眼の中にぼくは女の優しさのすべてを感じ取るのだ。 ある時はその眼は甘えて濡れて光って見え、ある時はその眼は妖しく僕の心をそそるように燃え立ち、ある時はその眼は恥じらって瞼の陰に身を隠すだろう。 僕はお前を毎日飽きずに見つめるのだ。お前の一挙一動を愛するのだ。お前をこの両手で抱き締め、この胸の高まりをお前のゴムまりのように可愛い乳房に直に聞き取らせるのだ。お前のうなじに、お前の象牙造りの耳たぶにぼくが熱い吐息でささやきかけるときお前の瑠璃色の愛らしいくちびるの間から、あの男心をもっとも魅了する微かなメロディーで、お前が知らず知らずのうちに応えるのをぼくは密かに愉しみたいのだ。 ああお前、僕は心の中で今日もお前の名を叫び力一杯抱き締めるのだ。 |
| 1963.9.22 | Sunday | ◆昨夜東横ホールに滝沢修(注)主演の「狂気と天才」を見に行った。鈴木力衛先生の訳になるサルトルの戯曲であり、劇団民芸が総力を挙げて取り組んだと言われるものだ。奥さんに入場券をいただいてルネちゃん達と一緒に行った。
劇の導入部は西洋人気取りの大仰な身振りの何とか夫人とデンマーク大使夫人に少々辟易したけれど、滝沢の演ずるキーンが登場するに及んで舞台は一本針金が通ったようにピンと張りつめ見応えのあるものとなった。 それにしても滝沢とは何という俳優であろう。その歯ごたえのある見事な演技に観客は陶然と酔っているかのようであった。まるで独白のような長いセリフを、3時間にも及ぶ長い舞台で少しの息切れもせず軽々とこなして見せ、語調、緩急、まさに思うがまま、観客の心を操り人形のように自由自在に揺り動かすのだ。確かに日本における一流の役者と言って良いと思う。 さて、劇を見ながら、サルトルがこの劇で言いたいことは何だろうかといろいろ考えてみた。 キーンのセリフの中にヒントになることが沢山あり、またその警句じみた語句にその場での共感を覚えたりしたけれど、あの劇全体がいわんとすることをつかむことは私には難しすぎるような気がする。まとまりはないかも知れないけれど僕が感じたことを少し書いてみよう。 ぼくにはサルトルが俳優について書きたかったのではなくて、自分が書きたいことを書くのに俳優が必要だったのではないかと思えた。サルトルは確かに俳優の本質的なものをするどく見抜き、俳優というものを描き出しているが、彼の直接的な関心は人間そのものにあるように思われた。俳優という自分自身とは別に役どころとしてロメオをやりハムレットをやることを商売としているものでなくても人間そのもの、普通のごく当たり前の人間もいつも何かの演技を行っているのだ。俳優は自ら演技しているということに比較的意識的である。これに反して普通人は自ら演技しているという意識なしに演技し、自らそのものであることとのけじめもなくなってしまう。まさしく我々が劇の終幕近く、虚偽と真実の目まぐるしい転換に、<白と黒>とのけじめを付けかねて混乱するように、演技者である我々そのものが常日頃かかる混乱を演じているのだ。 いったいどこまで鮮明に我々は自分自身の真の姿と演技にすぎぬ自分の幻とを区別できるというのか。まさしくこの世には確実であるものはごく僅かしか存在しないのだ。我々の人間としてのそうした日常的な意識されざる演技ー自分自身を偽った幻の自分を相手に印象づけようとするそうした演技から、自らを解放することによって本来的な人間に立ち返ることができると言うことを、サルトルはいわんとしているのではないだろうか。 キーンという性格もまたサルトルの関心ではあったのだろう。そこには自意識過剰の痛々しい近代人がのぞいている。 「これほどのうぬぼれを持ちながら自分自身が尊敬できないとは!」 とキーンは頭を抱え込んで苦しむのだ。ここに自らの姿を見る人も多いのではあるまいか。今日において自分自身が尊敬できると考えることこそ最大のうぬぼれなのではないだろうか。解決せねばならぬ緊迫した大問題が山積し、しかもその前にあまりにも無力で、かかずらうことを極力排斥して生きている我々という存在は、よしんば他人からは尊敬されることはあっても、自ら尊敬できる存在ではもはやなくなっているのではないだろうか。 「オレは自分自身の前で自分を演じてしまうのだ」 これこそ現代人の自意識過剰の病の自覚症状である。我々は得てして自分自身にまで自らの偽りの姿を見せつけようとするのだ。そこには様々のジャスティファイの口実が使われる。しかし、そうした口実も必要としなくなり、いっさいの自覚症状が消えてしまい、ついには自らに自らを演じて見せているに過ぎぬ自分というものに気づかなくなってしまう。そこにはもはや持って生まれた天才も、埋もれた才能も開発される機会はない。 我々はそうなる前に立ち直らねばならぬのだ。自らがいかなる人間であるかということをしっかりと知らねばならない。いったん自らの価値に気づくならば、今までの偽りの生活が愛おしくなろう。そうなったとき我々がキーンのように、プリンス・オブ・ウェルズにステージの上から、 <黙れ、ここではオレが王様なのだ> という言葉を投げつける勇気があるかどうかということに一切がかかってくるのだ。今までのごとき演技でもって君を評価してくれていた人々に対し、天分に目覚め、自らの人間に開眼した君の立ち居振る舞いはまさに狂気のなさしめるものに見えることだろう。「狂気」とはすなわち「赤」のレッテルと同じく、社会において人間の行動を規制する大きな負の呼称の一つである。自らを解放することにより、自分自身を自分の目で見、自らの価値で評価することより、他人の目で見て貰い、他人の価値で評価して貰うことに重きをおく人は、まさしく自らを「狂気」の狂おしさの中に解放できず、他人の鎖につながれたまま生涯を終えねばならないのだ。 (注)2000.6.22、93歳で死去 |
| 1963.9.22 | Sunday | ◆今さっきまでテレビの「狂気と天才」を見ていた。芝居が終わってから村山知義が解説していたけれど、僕が昼間感想文で書いたのと同趣旨のことを少々話していた。僕は僕の感想がまったくいかなる解説書いかなる解説からも影響されていないということをここにはっきり言っておく必要がある。僕は他人が作ったチーズを自分が作ったごとく店頭に並べるチーズ商人にはなりたくないからだ。
とにかく最後の方だけは2度見ることにはなったのだが、2度見ても少しも飽きることなく、またしても引きつけられるようにして舞台を見つめることになった。そして昨夜は感銘を受けながら忘れてしまっていたいろんなセリフに出くわしてその意味を色々と考えてみる機会を得た。 キーンが言う、シェイクスピアのTo be,or not to be,that is the questionをもじっての「行為か、演技か、それが問題だ」というセリフの重さを僕はもちろん感想文を書きながら感じていたのだけど、この明確な言葉では捉えていなかった。 主体的な行為であるか、単なる狂言回しの演技であるか。この問いは我々の一挙一動に向けられなければならないのだ。ポーズを取る、と我々はよく言う。演技をするとはまさにそのことを差しているのだ。一日一日の習慣的な生活の中で我々はまるで役を割り当てられた俳優よろしく、その役を演じることにすべての意を注いでいるのだ。その中に自分自身というものが生かされているかいないかなどにはお構いなく、そしてむろんそうした無関心のうちに自分を次第に見失いながら、我々は懸命に演技をし続けるのだ。そこには意志に基づく主体的な行為が存在しないのは言うまでもない。 サルトルはこうして他人のチーズをそのまま売るチーズ商人に対して痛烈な批判と警告を与えているのだ。 |
| 1963.9.23 | Monday | ◆(すでに23日にはいった。)
◆昨夜と今日とで、デュマ・フィスの「椿姫」を読んだ。訳者は鈴木力衛先生である。 率直に言ってそれほど面白いとは思えなかった。というのは、一つには筋があまりに単純であり、最初からどんな展開をするかがわかっていまい、筋の展開に対する興味がややそがれてしまうからである。確かにある種の感慨を覚えるところもあれば、やはり一気に読ませるだけのことはあるとは言えるのだけれど、椿姫については、歌劇でなり戯曲でなりおおよそのことを知ってしまっているがために、まさにそうした意味で、椿姫の性格が、すこぶるありふれた典型的なものに思えてしまうのだ。この小説を19世紀に(1848年にこの本は書かれた)何の予備知識もなく読んだとすれば、この本はまさしく独創的であり、椿姫の性格は個性的なものに感じられたに違いない。今頃椿姫を読む者の悲劇は、この悲劇のヒロインがあまりにポピュラーになりすぎて、椿姫という言葉によって一つの典型的なヒロインの姿が一般人にまで想像がつくようになっているところから生じると言えよう。 我々が椿姫という言葉を聞いて思い浮かべるようなタイプの女性とまったく同じようなタイプの女性が、今日読んだ椿姫の中に描かれているとすれば(それはもちろんとうぜんのことであって、その反対を求める方がどうかしているのであるが)私が少々失望し、大して面白くないと思うのは当然であろう。 もう一つこれが私に不満足に思えたのは私がBalzacの「谷間の百合}をすでに読んでいたことに帰因するらしい。 僕の心の中にはマルグリッドは、かのアンリネットほどには生き生きと浮かび上がってこないのだ。それはどうやら作者の力量の差なのかも知れないのだが。 |