日記の部屋1963(18)/Diary1963(18)

1963/10/27〜1963/10/31
(2000/4/16開設:since April 16,2000)
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年月日 曜日 日記本文
1963.10.27 Sunday ◆机の前に座ってこうして静かに手紙を認める。気持ちの上からだけのことかも知れませんが、随分久し振りのような気がします。何となく懐かしい気さえするのですから不思議です。そう言えば、学生時代には少なくとも月に数回は手紙を書いたものです。長い手紙も、短い手紙も気が向くままに書き始めては、時計の針が午前三時を回っているのに気づいてあわてて寝床に入ったようなことも何度かあります。
 ところがこの頃のように毎日の忙しさに追いまくられていると手紙を書くためにこうして机の前に向かうような心のゆとりが持てなくなるらしいのです。何かしら毎日があわただしく過ぎていき、気ばかりあせって何一つ有意義なことができないのです。こうして知らず知らずのうちにごくありふれた一介の社会人になり果てていくのかも知れないなどと考えると恐ろしくなります。自由な時間の持てた学生時代が無性に懐かしくなるのもこんな時です。
 学生気分が抜ける。確かに良きにつけ悪しきにつけそんなことが言えそうです。我々にとって学生時代は今や遠くかすかに水平線の彼方に姿を没し去ろうとしているようです。すでに我々という世代にとっては、学生時代すらが、二度と帰らぬ過去のものとなった。こう考えると何かしら寂しくなります。でも生きている以上仕方のないことです、こうして我々の時代が一つ一つ失われていくことは。
 そして、そうした時代が、日々が、一瞬が、二度と帰らぬものであるだけに僕はこの一瞬一瞬を、この一日一日を鮮やかに記録しておきたいと思うのです。何に?僕自身の胸に。そしてまた現在僕と同じ瞬間を生きている人々の胸に。生きた血の脈打っている胸以外の一体何に我々は自らの生きた日々を記録に留めることができるでしょう。そしてまた、そうしたものに留められた記録が一体何の役に立つのでしょう。人皆な死すことを思えば、たとえ生きた人の胸に記録されたとしても空しいとおっしゃるかも知れませんが、我々の喜びも悲哀もそうした空しさという大きな枠の中での比較的小さな感情の揺れに過ぎないことを思えば、僕の存在を少しは懐かしんでくれる女の子の胸に、僕の一月ぶりの手紙を待ちかねている両親の胸に、自分自身を誰よりもまして愛おしんでいる僕自身の胸に、僕がその日生きていたという証しを立てることができるとしたらどんなに素晴らしいことだろうと思うのです。
 僕が過ぎ去った日々を懐かしみ、また充たされぬ思いを抱くのはその過ぎ去った日々が、僕自身の胸にも、他のいかなる人々の胸にも記録されぬまま、あまりにも安易に流れ去ったと感じるからにほかなりません。過ぎ去った日々に対する僕らの哀惜。その日にもう一度生きて、もっと有意義に心満ちるほどに生きたいという僕らの願い。それが今日という日をより強烈に生きたいという僕らの願望の中に反映されるのです。
 その願望が充たされず毎日毎日があわただしく過ぎ去り、落ち着いて机の前に座って手紙を書く心のゆとりもなく、あくせくしている自分を見れば、一種の哀れさを感じないではおれません。
 僕の青春がこうして一日一日と失われていくのを傍観せざるを得ない自分自身のふがいなさが悔やまれるのです。
 僕は自称経験尊重主義者です。人生の豊かさを決定するのは結局は経験の豊富さによると思うからです。経験ーその多くは、人と人とのある種の関係です。つまるところ人生の豊かさとは、限られた我々の一生の間にどれだけ多くの人と会合を持つか、そしてその会合からいかなるものを得るかということにかかっていると申せましょう。かかっていると思っていることがとりもなおさず、僕が経験尊重主義者たる所以です。この世で出くわす色々な人と影響を与え合いながら我々は生きていく。出くわす人によって我々の一生は豊かにも貧しくもなる。我々はある程度まではそうした人々を選択できる。しかし、大方は自分自身にはどうしようもないものに支配される。
 ぼくが今夜こうしてあなたに手紙を書くことになったのも、そもそも始まりはあの旅研のDance Partyに我々が偶然に一緒に出席したからだ。Dance Partyに出たことの背景にも、我々のもつ人間関係が大きく働いている。たまたま出席したDance Partyで我々が会った。そして選択がそこで行われたのだ。人生とは所詮こうした多くの偶然と見えることがらと我々のわずかな選択とによって、同じ時代に生きているほんのごく一部の人と知り合いになりながら営まれていく。
 知り合いになりこんなことが話し合えるほど仲良くなること。たとえ人生が70年あろうと、それほど容易に我々はそうした知人を得ることはできないし、その数は少ないことだろう。
 あなたにこんな内容の手紙を差し上げる気になったのも、あなたという人の存在が僕にとって貴重だと思うからに他なりません。
 僕の今日の手紙は少々湿っぽくて読みづらいとお思いかも知れませんが、今日一日雨が降ったせいばかりではなく、いつも何となくはしゃぎすぎる心の張りが取れて、僕自身が今夜はしんみりと物思いに耽っているためですので、御容赦のほどを。・・・これはちょっとオーバーかな。
 あなたのお便りにあった”人生の悲哀”、大体想像がつかぬでもありませんが、俗っぽいことを言えば、悲哀の中にこそ人生の味があり、それは噛めば噛むほど味が出てくるものだ、と。単純に、健全に、何の波瀾もない人生を送るよりは、少しは複雑で、悲哀にも満ちた、ちょとした波ぐらいは立つような人生のほうが、たとえ女の人であっても生き甲斐があるように思うのですが、どんなものでしょう。
 とは言うものの、僕もあまり悲哀が好きではありません。デートを申し込んで断られれば人一倍悲哀を感じる方ですし、それが嫌さについつい電話をかけそびれたりします。
 こんな手紙を差し上げて「もし、よろしければお暇の時お返事を下さい」と書くのも、「是非ともお返事を下さい」と書いてお返事を貰えなかったときの空しさを思うからに他ならないのですから。
 こうして一人下宿生活をしているとたまに来る知人からの手紙くらい嬉しいものはないのに、なかなか本当のことを言ってお便り下さいとも言えないのですから、”ひねた心”と言えば確かにひねているようです。
 さて、お体の具合は如何ですか。先日、読書会の席上で中島君から11月29日のDance Party券を売りつけられました。彼はあなたにも強要するかも知れません。あなたの健康さえ許せばあなたとの何気ない再会ができると思うのですが、演劇部出身のあなたの演技ぶりに期待するなんていうのは、少々度が過ぎているでしょうか。あなたがお元気で一緒に踊れたらこんなに嬉しいことはありません。
 もうすぐ11月、くれぐれもご自愛の上、いつものあの笑顔を忘れず、お元気で、ご活躍のほどを。
  10月27日夜    阿部 毅一郎
1963.10.28 Monday ◆お手紙楽しく読ませていただきました。どんな返事になるか、皆目見当がつきませんが、一昨日来の雨の降り止まぬ静かな今宵、やおら、筆を執った次第です。まずはお楽しみに。
 さて、一番最初にあなたが問題にしたのは、あなたに話しかける男の子のうちで、僕がどのタイプの男の子に属するかということでしたね。少なくとも、あなたの分類からは、はみ出してしまうようでしたので、僕が新たに一項目付け加えてあげましょう。
 自分自身でもはっきりこうだとは言えないのですけど、あなたという人の持つ魅力を知っている男の子、そして僕らの間にあるわだかまりのない心の交流を貴重なものと思い、大切にして行きたいと願っている一人の男の子、完全に兄貴にはなりきれないにしても、そうしたものとしてあなたが僕を考えてくれるなら、嬉しいと思っている男の子とでも言いましょうか。
 だからあなた同様、あなたとなら真面目にも愉快にも話せそうだと思っているのです。あなたとお話しして時間をつぶしたといって後悔したこともありませんし、「思ったよりつまんない女の子だったんだな、あいつは・・・」などとは、あの日曜日ほんとうに少しも思いませんでしたからご安心のほどを!
 僕自身あなたとは(ずいぶん昔から)何の気取りも遠慮もなく話し合えたように思います。本当を言えば、自分でも少々不思議なくらいでした。こんな親しみを感じられる人は長い一生の間にもそれほど多く得ることはできないことでしょう。だからこそ、僕にとってはあなたとのおつきあいを大切にしていきたいと思うのです。所詮人生とは人と人との巡り会いの連続に過ぎません。巡り会った同士がお互いに影響し合いながら一生を終えるのです。あなたの上にも僕自身の上にも目には見えないにしても僕らの二人の交際のもたらしたいろいろな変化があるはずなのです。いつか、その変化が意外に大きかったことを知って驚くときが来ないとも限りません。あなたとの出会いは、僕にとって一つの大きな意味があるように思います。
 さて、あなたは大胆にも真向こうがら「あなたは恋愛しないのですか」と訊いてきましたね。少々驚きました。人間ですもの。それにこんなに若く人一倍情熱的な僕のことですもの。大いにやりますとも。でも悲しいかな恋愛は一人ではできないのです。素敵な相手の女性がなければ、僕のこの情熱も、宝の持ち腐れになってしまいます。ああ、その人の出現を待つこと切なる僕の心がわかって貰えますか。
 結婚するつもりで恋愛しますか、とのご質問、まだ割り切ったご返事を差し上げるには経験不足のようです。女の人はどうですか。恋愛する以上、いつも結婚するつもりなのでしょうか。思うに、たとえ結婚できないとわかっていても僕らは愛し合えるように思います。人間の心が法律の枠によってきれいに割り切ってしまえるものとも思いません。僕らは法律の枠を乗り越えても人を愛することができるし、複数の人を同時に愛することもできるような気がします。法律の要求するように都合良くたった一人の人が好きになり、その人と結ばれ、たった一人の人に全てを独占されてしまうほど人間の心が狭いものとも思えないからです。
 いずれにしても、僕は結婚を少々真面目に考えたいのです。あなたが言うようにそれは長い一生を考えた上での決断でなければなりませんし、この世の大半を一緒に暮らす相手を選択するのですから、よほど慎重でありたいと思うのです。人生の豊かさを判断する上での非常に大きなweightが結婚生活にかかっているように思えます。そう言う意味あいからもあなたとAndo Sanとの結婚生活に幸多かれと祈ります。
 さて、今度は僕の方から少々大胆なことを伺いましょうか。
 ほとんどの男性がそうだと思うのですけど、好きになれば胸に強く抱き締めて口づけしたい衝動に駆られるものですが、女の人は強く抱き締めて貰いたいなんて少しも感じないものなのでしょうか。結婚まで純潔であるとは、結婚の相手以外の人と交わした口づけによっても失われるとお思いですか。結婚するつもりがなくても恋愛しても良いというのでしたら、恋愛は口づけぐらいは必要とすると思うのですが。これがあなたの言うあっさりした恋愛と「大人だからそういうわけにもいかない」恋愛との差なのでしょうか。
1963.10.31 Thursday ◆お前とお別れする夜がやってきた。
 今年の1月17日以来、お前は僕の第一の友人だった。僕の様々な考えや、生活ぶり、他の友人達との交友状況などについて、ぼくはお前に話しかけた。お前は僕について僕以外の誰より良くしている。あることについては、お前は僕よりも僕について精通しているに違いない。なぜなら、僕の語り口の中に、僕の文章のつながり具合の中に、僕自身さえ気づいていない僕自身と言う制約された人間の姿が浮かび上がっているに違いないからだ。お前が僕の文章、ものに対する反応の仕方、関心方向を緻密に分析するならば、僕自身にすら未だ隠された部分のある僕の姿がえぐり出すことたできるに違いないからだ。
 とはいえ、僕は第一の友人であるお前にさえ隠している多くの部分を持っている。僕は必ずしも正直に全てのことをお前に語ったわけではない。正確な僕という人間の記録という点では、このお前に語りかけた日記はそれほど値打ちはないだろう。僕は少なくとも自然主義作家のごとく自分自身の生活の一部始終をお前に語りかけることをしなかった。やはりお前は僕にとって一番親しい友人でしかなく、僕自身ではなかったのだ。
 友人はたとえどんなに親しかろうとやはりその間にはある程度の間隔があるものだ。お前の前で僕は演技したこともある。偽りの心情を述べたこともある。言葉のあやで思わぬ勇み足をしたこともある。しかし、お前がもし鋭い目を持っているならば、そうしたことをせざるを得ない人間としての僕をはっきりと捉え、ニヤリとすることもできたはずだ。
 いずれにしても、僕は、お前に僕自身のことを語りかけたのだ。お前にとって面白い話だったろうか。残念だが、お前には今夜かぎりで、語りかけることを止めねばならない(注:要するにノートの紙面がなくなったのだ)。
 今度はお前が僕に向かって話してくれる番だ。23歳の若者であった日の僕のことを良く覚えておいてくれ。僕がひょっこりお前のところを訪れたら、その頃の話を聞かせて欲しい。その時は暖炉の側で夜を徹して語り明かしたいものだ。
 ではくれぐれも元気で。さようなら。9:55:00

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